タケオ

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーンのタケオのレビュー・感想・評価

4.6
-「板挟みの男」スコセッシと、「映画」に群がる狼たち『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(23年)-

 「この絵の中に狼たちが見えますか?」───仕事を求めてオクラホマにやって来たばかりの主人公アーネスト(レオナルド・ディカプリオ)が、オーセージ族の歴史について学ぶために叔父のウィリアム(ロバート・デ・ニーロ)から借りた本に登場する一節だ。アーネストが寝室で読んでいる時点では、たわいのないごくありふれた一節にすぎない。しかし206分という長い旅路の果てに観客は、やがてこの問いかけを鋭く突き付けられることとなる。
 デイヴィッド・グランが執筆した原作『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』(2017年)では、主にFBI捜査官トム・ホワイト(映画ではジェシー・プレモンスが演じる)を中心に1920年代のオクラホマ州オーセージで起きた先住民連続怪死事件について語られるが、本作では首謀者側の視点から事件が語られる。'毒蛇'のような叔父ウィリアムからの誘惑に屈し、堕落していく愚かなアーネスト。2人の関係性は『失楽園』のサタンとアダムの構図そのものだ。先住民の妻モリー(リリー・グラッドストーン)への愛と罪の意識の狭間で苦悩するアーネストの姿は、まさに'スコセッシ的'だとしかいいようがない。「板挟みの男」を描かせたら、マーティン・スコセッシの右に出る者はまずいないだろう。なぜならスコセッシ自身が信仰と悪徳の狭間でもがき続ける「板挟みの男」だからだ。
 デ・ニーロ×ディカプリオというスコセッシ作品の看板俳優2人の揃い踏みというだけでも感無量だが、そんな2人に挟まれてもなお圧倒的な存在感を放つグラッドストーンには心底驚かされた。強欲な白人たちの陰謀に巻き込まれ心身ともに衰弱していくモリーというキャラクターは、アメリカ合衆国における先住民の立場を見事に体現している。衰弱したモリーが苦悩するアーネストに向かって放つ「次は貴方の番」という台詞の重みに、胸が押し潰されそうになる。
 本作は事件の顛末をテロップではなく、1930~50年代に人気を博した白人向けラジオ番組『The Lucky Strike Hour』の再現によって「エンターテインメント」として提示する。それは白人たちの嘘偽りによって成立した「アメリカ合衆国」そのものへの痛烈な皮肉だ。「アメリカ合衆国」そのものがそうであるように「映画(をはじめとしたエンターテインメント)」もまた搾取のうえに成り立つことに、スコセッシはどこまでも自覚的なのである。そのためにもスコセッシは、ラストで自らスクリーンに現れる'必要'があったのだ。一方で、それでもなお「闇に埋もれた歴史の一端に触れることができる」という「映画」のもうひとつの側面を描こうとするあたりが、いかにも「板挟みの男」スコセッシらしいわけだが。
 ラスト、『The Lucky Strike Hour』のスタジオで一連の事件を「エンターテインメント」として消費する客席の様子が映し出される。それがスクリーンを眺る我々観客の写し鏡であることはいうまでもない。「この絵の中に狼たちが見えますか?」───。
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