シズヲ

コット、はじまりの夏のシズヲのレビュー・感想・評価

コット、はじまりの夏(2022年製作の映画)
3.8
アイルランドの自然情景が印象的に描かれていた時点で連想させられたけど、そもそもの原題が『The Quiet Girl』であることに思わず感動してしまった。『静かなる男(The Quiet Man)』だ!!農家を営む家庭を起点に、田舎の長閑な原風景を映像に捉えているのが心地良い。廊下や畜舎の場面などを中心に、何気ないシーンの構図も印象に残る。

本作の主演である子役のキャサリン・クリンチ、これが役者デビューであることに舌を巻く。彼女の薄幸な佇まいと抑制された演技は、この映画における作風の根幹として間違いなく確立されていた。主人公コットの置かれた境遇や変わりゆく心情を浮かび上がらせる彼女の好演がとても印象的。前述したアイルランドの情景の美しさは、コットの人生に射した希望を投影するかのようで愛おしい。繊細な優しさの中に疲弊した悲しみを滲ませるキャリー・クロウリー、不器用な振る舞いを経て徐々に父性として歩み寄っていくアンドリュー・ベネットなど、親戚夫婦の演技も好印象。

家庭や学校で孤立するコットの閉塞感が冒頭で強調されているだけに、親戚夫婦との交流の暖かみと切なさが全編通して染みてくる。暗く沈んだ面持ちだったコットが静かに心を開いていく様子は感慨深さに溢れている。そして本作の印象深い部分は親戚夫婦との交流でコットが変わっていくのと同じように、親戚夫婦もまたコットとの関わりによって変化して過去を振り返っていくことである。夜の海岸でコットとショーンおじさんが語らう場面、静謐な美しさを滲ませる。

ドラマとしては過去の類似作品がそれなりにあるようにも思えて、深みを感じるには些か素朴過ぎるきらいもあるけど、それ故に率直で飾らない感動がある。作中で繰り返し反復されてきた“走ること”がラストシーンへと繋がることはやはり印象深い。あの言葉も相まって含みを持たせた結末ではあったけど、ああして走り出せたならばその先には必ず希望があると信じたいのだなあ。
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