シズヲ

ゴースト・トロピックのシズヲのレビュー・感想・評価

ゴースト・トロピック(2019年製作の映画)
3.8
仕事帰りの電車で寝過ごし、終電を逃してしまったアラブ系中年女性が真夜中の市街地を彷徨い歩く。多民族社会であるブリュッセルを舞台にしており、ヒジャブを巻いた移民系の女性が主人公として据えられているほか、作中では様々な人種や言語が顔を覗かせる。スタンダードサイズの画面が何処かこじんまりとした暖かみを呼び起こしてくれる。繊細なギターのサウンドも作風と噛み合っていて愛おしい。

主人公が突然放り出される夜の市街地からは、一種の非日常めいた雰囲気が滲み出す。定点のカメラワークで切り取られた美しいカットの数々、長回しで演出される静謐なムード、街の灯りによって生まれる鮮やかな色彩。本作は只管に夜の市街地が醸し出す“空間美”のようなものを掘り起こしている。良い画を撮ろうとするあまり冗長で余計なシーンも散見される印象は否めないものの、作中に漂う緩やかさ自体は憎めない。

更には移民社会としてのブリュッセルの土壌が反映され、主人公は普段なら交わることのない人々と一期一会の交流を重ねていく。異界としての真夜中の街を描きつつ、そこで生まれる“人と人の繋がり”を穏やかに見つめるカメラの眼差し。主人公自身も、主人公が作中で出会う人々も、ささやかな親切をさりげなく覗かせる。何だかんだ言って“他者”は優しいものであり、我々は思いやりのある世界に生きていると教えてくれるような心地良さがある。

主人公のその娘は作中では直接関わらないものの、“真夜中の街”というシチュエーションに放り込まれたことで間接的な交錯を果たすのが何だか印象深い。寒々しくも穏やかな市街地というシチュエーションから飛び出す“亜熱帯”のラストシーン、清々しく突き抜けるように鮮やかな余韻を残す。
シズヲ

シズヲ