八木

ヴァチカンのエクソシストの八木のレビュー・感想・評価

ヴァチカンのエクソシスト(2023年製作の映画)
3.9
 バトル映画となっておりました。
 その鍵となっている部分は、悪魔というものの存在がどうこうというよりは、作中で何度も出てくる「自分の罪は自分を探し出す」という、自分自身との戦いと、自分がそれを乗り越える過程なので、結構誰にでも伝わるような楽しさを持った映画になっているのではないでしょうか。
 もちろん悪魔憑きや血が出たりするシーンはそれなりにあるのですが、何によって恐怖を作るかという映画って、見る人の生活に密着して生まれるところがあるため、超絶日本人の自分にとっては、結構どうでもよくなってしまう場面が多かったです。ましてこの映画、「実在したエクソシスト」がベースとなって作られているそうで、なにか水ぶっかけてしまうような言葉を出さないでいることにまず気をつけなきゃならんわけです。ですので、ファンタジーバトルムービーに舵切ってくれてたのがとても見やすくなっていました。

 アモルト神父が主人公として強いのは、もちろん見た目の強キャラ感や悪魔と対峙したときの落ち着きの格好良さとかもあるんですけど、礼拝に来る人には親しまれ、仕事前に酒を少し入れ、悪魔の実在を疑う上司には、必要であれば12歳の少年のような反発をするような人間臭さによるところも大きいです。
 そして話が進むたびに、彼のその全てが、悪魔を祓うために捧げていたということが明らかになります。だからこそ、彼が強くなるべきであり、『悪魔に打ち勝ってくれ!』っていう観客側の思いを背負えるのだと思います。「悪魔は冗談が嫌いだから」とヘラヘラしながら後輩に教えるその奥には、悪魔が嫌いなものをすべて備えてなければ、というプロ意識があったところ、とても良かったです。

 キリスト教信者が「懺悔」というシステムがあったとして、システマチックに悔いを下ろせるわけではないですし、そういった痛みを抱えながら生きるのが普通の人間というものです。
 この映画では、アモルトに加えて、そういった痛みを抱えた人間たちが仲間となって、悪魔を倒して自分の痛みを乗り越えようとする強さがありました。よって、細かいことは考えずとも誰にでも通じるようなバトルムービーになっておりました。後輩神父が戦力になっていくところとか、すごい頼もしかったし、ちょっとマーベル感もあってわくわくしました。

 もっと題材とかがフィットしてたら最初から最後まで楽しめたりしたんでしょうけどもね(元も子もない)。なので、オリジン映画のエクソシストは、見ておけばエクソシスト文脈みたいなものの飲み込みがし易いような気がしました。
八木

八木