八木

ゴッドファーザーの八木のレビュー・感想・評価

ゴッドファーザー(1972年製作の映画)
5.0
噂の馬の首のシーン初めて見ました。なんと本物なんだってさ(新鮮な感想)。
マフィアのボスが交代する話、っていうだけなのに180分ずっと面白さを保ってました。マイケルという男がマフィアのボスへと変化していくドラマとしても面白いし、戦後のアメリカの空気というものを、まさに感じながら生活を送った人による創作は、その実在感だけで十分にドラマチックだと思います。ただ『こうであった』という体温の低い映像ではなく、創作らしく誰かの熱を帯びて見るものに体験を与えていき、国・組織・人・文化に興味を持ってエンディングを迎えられるという点で、この映画が傑作と言われる理由がよくわかりました。あんまりこういうこと考えたことなかったのですが、自分にとってオールタイム・ベストなのかもしれない、とすら思いました。ウィキペディアによると、この映画のフィルムは文化的な価値を認められて、国立の機関に保管されたのだとか。
この映画はまずとにかく面白くて、仔細がどうなっていたのかは、見終わった我々の番でしかなくて、気がつけばこの映画からバトンを手渡されている、そういうドライブ感に満ちた映画でした。

自分は今日に至るまでこの映画を見たことがなかったため、「アウトレイジやんけ」とすぐ思いました。マフィア社会に生まれて生活をしていると、つまらないが欠損することができないハッタリと思い切りの良さ、そして彼らの中でのみ通さなければならない筋があって、その結果人がたくさん死にます。
ドン・コルレオーネは「麻薬で金は稼がない」と儲け話を突っぱねたことから、仲間や家族や休戦中だった組織となし崩し的に戦争をします。ファミリーを愛し、国を自分なりに愛しているのに、「うんじゃあ殺そっか」「でも殺してあげないよ」「友よ殺してくれないか」みたいな結論になったり、休戦のための話し合いでは「若者に麻薬は売らないってことで一つ」みたいなことを真剣に話あっています。
政治家ともつながりがあり、大金を指先一つで動かせるマフィアのボスでありながら「殺さない社会」にあまりにも馴染みがないため、話し合いや結論のいちいち、恐怖と悲しみとコメディが真空パックになって、観客に何かを思わせるのです。
特に、マイケルがシチリアに身を隠している最中、強引に結婚した奥さんが映画的に結構な短時間で爆殺されたシーンは、僕は少し笑ってしまいました。おっぱいも時間かけて見せてるんですよこのイタリア女性。死んでちょっとあとに地元の彼女と元サヤですよ。

アウトレイジでは、監督が芸人ということもありこの滑稽さを強調しているような印象でしたが、ゴッドファーザーではマイケルをパーフェクトマフィア超人として描くことなく、時代と社会に触れ、適性を更に伸ばしたような描き方をしていました。北野映画ってゴッドファーザーワナビーだったんだな。
この点も主人公の成長・変化を見せるオーソドックスな映画体験となって、名作として語り継がれる一つの理由ではないでしょうか。
打算とハッタリと思い切りの良さと人情、理解できない命の軽さがシリアスであった時代を、くり抜いたようにエンタメにできていることは一つ奇跡です。そら馬の首も生で用意したいわな。
そしてあの完璧なラストシーン、扉の向こうとこちら側では、もう泳ぎ切れない距離が生まれてしまったのです。カッコいい、と中学生のような気持になりました。
八木

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