おさるのじょじへい

キリエのうたのおさるのじょじへいのレビュー・感想・評価

キリエのうた(2023年製作の映画)
4.0
岩井監督の特徴的な要素が、すべて詰められたような作品でした。
(でも今回は、ロマンチックは薄め…)

映像美はこれまでとたがわず。
キリエのステージ衣装は、『最後の晩餐』やフェルメールブルーを想起させる青。
そして広瀬すずという存在は、『ラストレター』から続いて、もはや岩井美学の1ピースになったのだと感じました。重苦しいはずのイッコのラストシーンまで美しかったなぁ。
とは言え、すずちゃんの見目の麗しさだけがフィーチャーされているわけではなく、もちろん演技も素晴らしかったです。
本心や正体を隠すがゆえに、浮ついた言動が目立ち、心ここにあらずといった心情のイッコをとてもうまく表現していたと思います。ほんと、天才です。

とにもかくにも切ない(涙)。
切なくて、切なくて、もどかしい。それしか言葉が見つかりません。
鑑賞前にあまりストーリーを頭に入れたくなくて、公式サイトもほぼ見ずに劇場へ行きましたが、劇中に石巻が登場することを把握していなかったため、なおのことやるせなさが募りました。

・ルカが木の上にいて命拾いしたということは、その時キリエは…
・ルカは、姉のような優しさを彷彿とさせるフミだからこそ、心を許したのだろう…
・実は真緒里の母は、体は売らなかったから、男に捨てられたのではないか…
・親のように男に媚びて生きたくはないけど、結局似た道を選んでしまった真緒里。だけど、体は売らなかった。実はそれこそ親譲りだったのでは…

などと想像して、一層胸がしめつけられました。
キリエが切々と歌う『憐みの賛歌』は、ルカの想いだけではなく、真緒里や夏彦の叫びにも聴こえてきます。

今作を観た後に、長嶋茂雄さんがかつて「人生にはつらいことの方が多い」とおっしゃっていたことを思い出しました。
あれだけ人に愛されて、ハッピーオーラを大放出しているように映るミスターでさえ、つらいことの方が多いと言うのならば、平民であるわたしなんか、もっと悲しみの比率が高いはずだ…。
当時まだ10代でしたが、自分にそう強く言い聞かせたものです。
岩井作品とミスター。まったく接点が無いように思えるけど、人生の捉え方においては、似た感覚なのかもしれません。

自分の力ではどうにもならない現実もあるものだと、つくづく身に沁みました。
やはり切なや~。
でもルカの心境と環境の変化は、ちょっとだけ前向きなエッセンス。
形はそれぞれでも、帰る場所、息をつける場所が無きゃね。人間だもの。