KKMX

ポエトリー アグネスの詩 4K レストアのKKMXのレビュー・感想・評価

4.2
 4Kバージョンを劇場で鑑賞。前回のイ・チャンドン特集で本作(とグリーンフィッシュ)は見逃しており、特に本作は観ないとな、と思っていたので良いタイミングでした。


 ヘルパーしつつ生活保護を受け、バカそうな孫と2人暮らしのミジャ。ミジャはおしゃれなおばあちゃんで、割と人は良さそうです。一方、物忘れが激しくなり、ちょっと認知症状が出始めております。娘(孫の母)とは「親友みたいなもの」と言ってますが、母は完全に孫をミジャに押し付け、ミジャや孫の様子を気にする様子もありません。
 ある時、ミジャはカルチャーセンターで詩を学び始めます。詩の先生は「詩は見ることが大事」と教え、ミジャは一生懸命にモノを見ようとするも、よくわかりません。
 そのような中、孫が友だち同士で同級生を強姦、同級生を死に追いやったことが判明します。そして、加害者の父親たちは被害者の心情など無視してカネで解決しようしていき、その最中でミジャは葛藤する…という話。


 この映画を端的に説明すると、これまで『見る』ことから逃げていた主人公ミジャが、『見ることが何よりも重要』である詩と出会い、そしてついに逃げ続けた『見る』ことに向かい合い、詩を完成させる物語だと思いました。

 主人公ミジャはかなり目を逸らす人です。一番良い例が娘との関係。ミジャ本人は「まるで友達のように仲良し」と言っているが、娘は自分の子である孫をミジャに押し付け、養育費も払わない。もし友人であれば、この態度に対してしっかり向かい合うはずです。「それは無くない?」と。しかし、ミジャは向かい合えない。娘の言うがまま。それはおそらく孫との関係にも反映されているのではないか、と思います。しかも、アルツハイマーの診断を受けたのに娘に伝えられないとか、この母娘関係は明らかにヤバい。たぶん、娘にマイナスなることを伝えると、娘に見捨てられるのではないか…そんな恐れがあるように感じました。
 ミジャは自分が見捨てられないよう、嫌われないように、相手を甘やかす傾向があると言えます。

 また、ミジャは綺麗なものを好むタイプで、オシャレなおばあちゃんです。オシャレと言われると嬉しいそうでもあります。
 なので、なんとなく美しげな『詩』にミジャが惹かれるのも理解できます。しかし、『詩』…と言うよりもアートは厳しい。詩を創る上で『見る』とは、美しい面、つまり光だけ見ることではない。ちゃんと影を見ないといけないのです。そうでなければ、アートには絶対に届かないです。
 そして、ミジャは見事なまでに影から目を逸らしてきた人でした。そして、それは孫の性犯罪という非常に厳しい形で突きつけられます。


 加害者の父親たちは、被害者のことや被害者の保護者の気持ちなど一切考慮していない態度をとります。また、ミジャに対しても非常に舐めた態度を取り続けていました。

 ミジャの内面を考察すると、上記のように課題から目を逸らす傾向が挙げられますが、もしかすると男尊女卑の社会的な背景も、彼女の回避傾向に拍車をかけたのかも知れません。男性が圧倒的に優位な世界なので、異議申し立てや闘争は難しかったのでしょう。ミジャは温厚なので、自分の意見や主張を引っ込めるクセがついたのかも知れません。
 ミジャに夫がいないことは、まったく説明されていないため何もわかりません。しかし、ミジャの傾向から推察すると、利用されて捨てられたか、もしくはそもそも望まぬ妊娠みたいな形で娘を産んでシングルマザーだったのか…そのような連想が働きます。さらに言えば、ミジャはアグネスのような体験をしていたのかも知れないし、その結果娘が生まれた、なんてことだって考えられそうな気もします。ただ、この辺になると根拠が無いためファンタジーでしかないですが。


 そんなミジャですが、ついに目を逸らしていたものと向かい合います。ミジャがやっていること(突きつけられる現実から目を逸らす)は、加害者のバカ孫を守ることにはなるものの、被害者アグネスの尊厳を踏み躙ることになるのです。孫を守るため(アグネスの母への慰謝料のため)にヘルパーとして関わっている社長の申し出を受けて体を任せるミジャ。自分も傷つき、それがさらに亡きアグネスの魂も傷つけると、おそらくミジャは気づいたのでしょう。
 そしてミジャは、被害者アグネスを想像し、彼女の足跡を辿ります、彼女を理解するために。彼女の母親と(加害者一派の祖母との正体を隠して)話をしたり、アグネスが身を投げた橋に赴いたり、ミジャはアグネスを感じようとしていました。そして、ついに孫のしでかしたことに向かい合うことができたのです。
 ラストの孫への態度は、ミジャ本来の優しさが出せていたと感じました。孫に責任を取らせる厳しさと、しっかりと孫への愛情も感じさせる態度が共にあったと思います。真の優しさは厳しさを内包しています。厳しさのない優しさはただの甘やかしです。ミジャは甘やかしの人生から、真の優しさを勝ち取ったように思います。それは、『詩』と向かい合い、厳しく目を逸らしていたものを見たからだと思います。「詩は見ること」、これをミジャはついに実践したため、詩を書くことができたのだと思います。ラストの詩は、非常に胸を打ちました。

 しかし、ラストのミジャの展開は正直どう解釈していいのかわかりません。本当にわからず、混乱せざるを得なかったです。


 本作は、イ・チャンドンらしい実に見事なガーエーでした。とは言え、ラストの展開については個人の好みと外れるため(と言うかシンプルに理解できない)、『シークレット・サンシャイン』『オアシス』よりも自分的には落ちます。それでも自分にとってはやはり観るべき映画でした。ドキュメンタリー『アイロニーの芸術』も、どこかのタイミングで観ないと。
KKMX

KKMX