LudovicoMed

二人静かのLudovicoMedのレビュー・感想・評価

二人静か(2023年製作の映画)
3.3
《性欲事情による自身欠如をまさぐったセンシティブな夫婦の悩み》

上映後に坂本監督、脚本家の中野さんが舞台挨拶に訪れ、なんとミニシアター支配人の計らいで彼らと観客数名の飲みの会に参加させていただけました。超緊張したけどお二人が気さくに質問に答えてくれて夢のような時間だった。話によると本作は実際に起きた新潟少女監禁事件からインスパイアされた被害者夫婦の心の軋轢を抉った作品だ。元々実録路線ではなく残された夫婦の心理的二次被害をフィクションに落とし込んで構想してたらしいが新潟の事件現場となった住宅を視察した際、監督があまりに心を痛めロケーションを千葉に移し見立てたと丁寧に教えてくれた。つまり想像を絶する恐怖を想像して着想した物語の膨らませ方と解釈したら、本作の奇妙な失踪ものの私的感想に腑に落ちるものがあった。

いわゆる失踪物として観た時、被害者/加害者の恨み辛みをかなぐり捨て、また事件の真相に潜る捜査という訳でもなく、夫婦の幼い女児の行方をかなり匂わせてるにも関わらず生死どうのこうの以前に終わってしまった事件の忌まわしさの目線が顕著に観る者を不安にさせる作劇があった。

物語は夫婦がビラ配りをする様子を質素な撮り方でのらりくらり始まる。手持ちカメラが多用されることでまだ実録的緊張感がある。ところが本作が異様なのは突如パキッとした画面や計算された幾何学的構図を等間隔で差し込むことで得体の知れない不安さを浮かび上げる。その不安が見事脚本をツイストさせるように夫婦それぞれが他者と共依存に身をやつしてゆく。妻は時間が止まったかのように心ここに在らず。そこへ正体不明の妊婦が現れトリックスター的に物語を掻き乱してくにつれ地に足のついた手持ちカメラからパキッとした画作りへと変容する。

本作は題材から受ける低予算ぽさに対してルックが全く貧乏に見えない。デジタル撮影によるグレーディングの幅を凝らした画面が観る者をドンドン不安がらせ結婚とは何か?という命題に入り込んでいく。優男で気が良いが故に内向的性格な夫は割り切りで生計を立てる女へ共依存してゆくと自らの性欲のコンプレックスに自覚的に気づいてしまい苦しむ。結婚とは心の底から愛した女性と心の底から愛し合い神からの授かり物を受け取るという一般的認識なら、そうならない男性は自分は心の底から愛してないのか?と悩んでしまう。不妊治療の手段もあるが彼の場合妊娠させた自身が永遠の愛の証拠であって、それが奪われたことに夫である存在意義がなにより喪失してしまう。
もはや夫婦の繋がりは誘拐事件という忌まわしい過去を結びつけるだけとなってしまい過去から遠ざかるには他者の共依存へ逃げ込むしかないのか?と投げかける本作の思想に愕然としてしまった。「死ぬ時はどちらか一方が死んで夫婦から解放されるのが理想の最期だなー」アンタが言うとめちゃくちゃ病んで聞こえるよ。

だからこそ共依存を断ち切り再び愛し合う濡れ場には異様な感動と悍ましさを感じた。

また失踪ものとしても意外なオチがあり謎の妊婦の正体が明かされる時の不吉な曇り空がまた観る者に不安を与える。そして実際の忌まわしい事件のショックから生まれた二次創作は実録さと情緒不安定が混じって想像以上にスリリングな作品でした。

エンドロール後はちょっとした仕掛けがあり誘拐事件から救助された速報がテレビニュースから聞こえてくる。ただこれも見方によっちゃこの物語の事件とは一言も言ってなく、より世界の複雑さを際立てる挿話だ。肝心なのはエンドロール中でもなくエンドロール後に配置されてることで、極端に言えば観なくてもいいパートなのだ。the ENDを示すエンドロールのその後はおまけであり本編とは関係ないからこそ、関係ない事件を意味深にニュースで絡めてある。
なので紛らわしいおまけに見えるが悪い気はしなかった。
LudovicoMed

LudovicoMed