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モスキート・コーストのいののレビュー・感想・評価

モスキート・コースト(1986年製作の映画)
4.1
序盤に登場する製氷機(ハリソン・フォードが試作用としてつくった小型のもの)に、彼がつけた名が“ファット・ボーイ”。そうか、リトル・ボーイとファット・マンの合体名なのか。これがのちのち、原爆を想起させるような暴走をおこし、家族にもちろん衝撃を与える。ハリソン・フォードが演じるアリーという人物は、ハーバード中退の発明家。資本主義や拝金主義に対して、これでもかと毒づき、そして徹底抗戦する。一家はホンジュラスにあるモスキート・コーストへ。彼はそこで王国を築こうとするけれども、その王国はどうしたって絶対王政になるわけで。統制をとるため独裁もいとわず、行動は過激になる一方だし、そうなればそうなるほど、彼は意固地になるし、家族からの賛同も得られなくなる。なんかみていて切なくなる。


今作は、興行成績も散々だったようだし、フィルマの評価も高くない。映画としての出来不出来はわたしにはわからないけど、でも、どうしても嫌いになれない映画です。制作側からの視点は悪くないと思う。wikiによると、原作者のポール・セローは、良心的反戦主義者として平和部隊に入っていたこともあるそうだ(そののち東アフリカなどで、英語を教えた経験も)。監督と原作者と脚本家(ポール・シュレイダー)が、複雑でやっかいで心の中で折り合いをつけられないような感情を分け合ったように感じるのは、わたしがそう思いたいだけなのかもしれない。ハリソンフォードが演じたアリーという人物を、皮肉を込めて笑うのでもなく、辛辣に批判するのでもなく、きみの気持ちもきみのやりたかったこともわかるよといったニュアンスが多少なりとも込められているのではないかと、わたしは思う。


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・映画館で『はじまりの旅』を観たときに、今作のことを思い出し、以後、時折この映画のことを思い出す。初鑑賞はフィルマはじめるよりも前のこと。ようやく再鑑賞できました。観ているときには、舞台は中南米、ハリソン・フォードが「アギーレ」のクラウス・キンスキーに重なるようにも見えることもあった。


・ハリソン・フォードとリバー・フェニックスが父子を演じる。ヘレン・ミレンがハリソン・フォードの妻の役。
子らは映画の中でもどんどん成長する。撮影に何ヶ月かけたのかわからないけれど、顔つきも背丈も最初と最後では異なるように感じる。


メモ
・午前四時の勇気

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〈追記〉2024.01.21

原作者であるポール・セローの小説『ワールズ・エンド』を読んでみた。その訳者である村上春樹のあとがきを記しておきたい。

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~セローの小説は多かれ少なかれ我々に以後事の悪い思いをさせることになる。それはおそらく「何かが間違っているのだけれど、何が間違っているのかがつかめない」という居心地の悪さである。なぜその間違いがつかめないかというと、それは彼らが〈異国〉にいるからである。人々はまだ〈異国〉のルールを十分に理解することができず、それで彼らは混乱し、怒り、怯えているわけだ。そして彼らの混乱や怒りや怯えはどことなくclumsyで(みっともなくて)、そのみっともなさが我々にかなり居心地の悪い思いをさせるのである。その居心地の悪さはある場合には悲劇に終わるし、ある場合には喜劇に終わるし、ある場合にはその中間地点で終息する。~

「その悲劇的な例として」The Mosquito Coast(モスキート・コースト)があげられている。


村上春樹 翻訳ライブラリー『ワールズ・エンド(世界の果て)』ポール・セロー/訳:村上春樹 中央公論新社 2007年、332頁
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