
オーストラリア政府がボートで到着したすべての庇護希望者を強制収容する事態となり、インドネシアのチサルア村で数年を過ごすことになったハザラ系アフガニスタン難民、ムザファルとハディムという 2 人の若者がいた。宙ぶらりんな状況の中でも、よりよい生活を求めて立ち上がった彼らは、コミュニティを作り、難民のための教育革命となる学校を立ち上げた。友情、つながり、コミュニティの力がもたらした大きな希望についての実話である。
2001年、アフリカの最貧国マラウイを大干ばつが襲う。14歳のウィリアムは飢饉による貧困で学費を払えず通学を断念するが、図書館で一冊の本と出会い、独学で風力発電のできる風車を作り、乾いた畑…
>>続きを読む戦後75年目の残留。生き別れた者が伝える、日本という国の今。「私を日本人と認めてほしい!」-フィリピン残留日本人 。「私は日本人。でも言葉がわからないの!」-中国残留孤児。太平洋戦争以前、…
>>続きを読む社会運動家としても精力的に活動する彼が、自らギリシャのレスボス島を中心に、23カ国を超える40箇所もの難民キャンプを訪れ、インタビューを敢行。貧困・戦争・気候変動など、様々な理由で増加し続…
>>続きを読む「女性にとって世界最悪の場所」と呼ばれる、コンゴ民主共和国・東部ブカブ。女性たちはこの地に埋まる鉱物資源の利権のために、武装勢力から性暴力を受け、恐怖に怯えているのだ。そんな被害女性たちを…
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