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ヴァンダの部屋 2Kレストア版
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『ヴァンダの部屋 2Kレストア版』に投稿された感想・評価

katoyu
1.6
2026年劇場鑑賞2本目。
正直言っていいですか?なんか、ハマりませんでした、ごめんなさい。軽めの前情報をインプットしつつ、正月休みで他にみたい!ってい作品も都合が合わず…なんとなく見逃していたなぁ、ペドロコスタ監督の作品、って言うぐらいで行ってはダメでした。そもそも監督の意志とか意図とかも組み込まずに観て感じようって思ったわけですが…ただただ地獄図を見せられている気分になって…初めて、早く終わってくれって思ってしまいまして…こういう体験もあるんだなぁ、と。明日、もう一作観ようと予定していたのですが、止めることにしました…。また何年か経って、見直す機会があればチャレンジしてみようかと(^^)
心配よりも不快がこみ上がるヴァンダの咳。
彼女の咳は劇映画の登場人物のように体調が悪いふりをして、私たちの心配を喚起するのではない。本当に体調が悪いのだ。そのフィクションではない咳を、映画で目撃することは希有な体験ではあるが極めて不快である。

それも彼女が咳き込む理由がドラッグの副作用なのもあるだろう。彼女はベッドから起き上がることなく、金属で炙ってドラッグを吸引する。映画の始まりから終わりまでずっとである。そんなドラッグ中毒の生活を送っていれば、体調が悪くなるのは当然である。しかも不調からベッドからあがれず、家族とは喧嘩になる。レタス売りの仕事は気分がいいときしかできない。そんな風に生きているから、貧困から抜け出せないのである。

しかしそのような不毛な時間、非生産的な時間しか流れないのが、貧困街のフォンタイーニャス地区なのかもしれない。それなら未来永劫に貧困で希望はもてないし、ドラッグに耽ったほうが快楽はある。

ファンタイーニャス地区はいつまでも貧困で、ドラッグ中毒者が蔓延しているから壊した方がましだ。そんな論理で、重機がやってきて街が壊される。

それに抵抗するイメージは本作にはない。ヴァンダが本当はいい人というフィクションは放棄されている。ただあるのは、ヴァンダの本当の姿だ。

その不快な本当の姿をみた先に、フォンタイーニャス地区を肯定する眼差しが生まれるはずだ。しかし残念ながら、皆がペドロ・コスタの眼差しを持っているわけではないし、多くの者は耐えかねて嘔吐するのが現実だ。

追記
本作は2Kレストア版でみたが、画質が粗くてびっくりしてしまった。それはレストア作業の稚拙さではなく、小型のビデオカメラでそもそも撮影されたことが原因だと思う。しかしホーム・ビデオのように思える質感の映像イメージをそれでも見続けることができるのは、カメラ・ポジションが最適で、構図がしっかりしているからだ。やはりペドロ・コスタにしか撮れないショットだ。
sw
5.0
世界に対してその立ち位置でいいんだと後押しされた一本。それは作品どうのじゃない作り手の態度の問題。スラムを撮ったぜとかじゃなくて世界との向き合い方の問題。これは態度の映画だから。
映画は世界を支配するものではなくカメラは自分を暴く装置。彼が言ってることが腑に落ちる。

映像では黒と緑。黒い世界の中に緑が立ち上がる。黒い世界はみたまんまの世界、室内の暗さだけど、停滞した絶望のように見える。
彼は世界をどうしようと撮っていない、ありのまんま見た。
希望に見えるその中の緑は光が当たって希望のように見える。
彼がやったのは緑を意図的に作らないこと。緑が自然に生まれる場所をセッティングしただけ。そして待った。世界の方が心を開くのを。撮り続けた。

だからこそブルーレイのメイキングには使わなかった時間だけを記録している。これは意思表示。「映画は、使われた瞬間で出来ているんじゃない。使われなかった時間で出来ている。」
完成されたフレームの裏側に無数の何も起きない時間、退屈、迷い、判断を保留した沈黙がちゃんと存在していたという証拠。

取り壊しが決まって後半、光の場面が増える。これは偶然じゃない。
家は壊れ、共同体は解体される。でも光は増える。
コスタは「貧困を撮ってる」のではなく時間の向きを撮ってる。破壊は終わりじゃなくて、固定された時間が動き出す瞬間でもある。

映画のショットは全て完成されたように見える。意図的に見える。でも彼は撮り続けて、感性で編集しただけ。だからリアル。
写真家や画家は1枚を完成させる。
でもコスタは
完成されたフレームを
連続させる
しかも意味で繋がない
この時点でもう普通の美意識を超えてる。
「一フレーム一フレームが完成している」という違和感は完成を並べてしまっている異常さから来てると思う。

そして接写ショットの時間、この距離以上で長く撮るのは、暴力になるという線を、おそらくかなり厳密に引いている。
これは態度と倫理の映画。