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うなぎのyoukiのレビュー・感想・評価

うなぎ(1997年製作の映画)
3.0
つまらないとは言わない。見ていて長いとも思わなかった。しかし、個人的にはこれは期待はずれの部類に属される作品。

役者陣の演技の見せ場となるはずのシチュエーションで、彼らの表情や細かい仕草をドアップで撮るということは全くしない。「リリーのすべて」「タイタニック」などの心揺さぶられるような人気恋愛映画では肌艶まで完璧に捉えられるくらい役者の演技をしっかりカメラに収める。しかしこの映画はそこまで人をしっかりと撮らない。この映画を見たところで、役所広司さんがどれだけ素晴らしい俳優なのかはよくわからない。

そして、全体を通して感じたのは登場人物が必要以上に多いということ。そこまでストーリーにおいて必要不可欠な役ではないがそれなりに出演回数とセリフがある、といったようなキャラクターたちが何人かいた気がする。自分はこの映画を一度しか見ておらず、隅々までこの映画を理解しきっているわけでは全くないが、もし「過去に深い傷を負っている男が危険な恋愛やうなぎとの絆を通して、自分や自分の過去と向き合い直す」という浄化系ヒューマンドラマを目指すなら、もう少し簡潔に描けたと思う。

また、殴り合いの喧嘩の場面は観ていてまるでカオスな演劇を観ているようだった。「ファイトクラブ」ではカメラワークが凝っており、殴り合いのシーンは非常にカッコよく痛みも伝わってきた。
もちろん今作は別にバイオレンス映画ではないので、「ファイトクラブ」のようなエキサイティングな映像を期待するのもお門違いなのも承知している。とはいえ、顔を殴るときは「殴っているように見せる」演技なのが見え見え。カメラに関しても、「殴り合いしている人たち」を追っているというよりは、「殴り合いしている人+それを見ている人」達を一歩距離を置いて安全な場所から謙虚に映しているように見えた。

主人公について感じたのは、過去に妻を殺して刑務所に入っていた、という背景があるが、逆にいうとそれ以外の主人公についての説明があまりなかった気がする。初めはうなぎと極端に仲が良かったり、歩いている集団に無意識についていこうとしていたりと変わった性格の持ち主だということは描かれていた。しかしそれが妻を殺し刑務所に入っていたことが理由なのか、元からそういう性格なのか、あるいは精神障害を患っているのかよくわからなかった。また、その後は女性相手に知的な態度をとったり、男らしくいかつい姿勢をとったりと、結局主人公の性格、思想に一貫性があるように思えなかった。結論、彼に感情移入ができなかった。この点も、今作がしっかりと感動できる自浄作用のある胸熱映画になりきれていない理由かもしれない。

前に登場人物が多すぎると記載したが、もう少し具体的にいうと、例えばUFOを降臨させたいと思い若者数名が秘密基地的なものやグッズを作ろうとしていたが、この一連の話はあまり必要なかったのではと感じた。
作中では「どうして宇宙人に会いたいの?きっと人間とのやりとりが好きじゃないんだろ君」「山下さんだってそうじゃん」のような会話があったが(曖昧な記憶なので正しくないかもしれません)、これを伝えるために、これらUFOと若者達の話は物語に加えられたのかもしれない。しかし、それ以前に主人公の人物は「うなぎは喋らない。そして話を聞いてくれる」といった。そこでもうすでに、主人公は人とのコミュニケーションに飽き飽きしているということは十分理解できる。実際UFOの話もそこから面白い展開にはならなかった。

また細かいところで気になったのは、床屋で客の髪を散髪している役所広司の姿がどうしても、本物の理髪師には見えない。髪を触っているその手先を見れば、理髪師を演じている素人というのは一目瞭然。「セッション」の主人公を演じた役者はまるで本物のドラマーを見ているようで全く違和感を感じなかった。「クリード」の主人公も体や構えはプロボクサーと同等のように感じた。今作はそこまでの役者魂は感じられなかった。

あと、これは自分が見落としていた可能性が高いので参考にならないかもしれないが、ヒロインの女がどうしてそこまで母の数千万円のお金に固執していたかがわからなかった。親が精神を患っていてそれが本人の負担にもなり、自殺したくなるくらい精神が弱くなってしまうのはすごく理解できる。しかし、会社にあるお金を勝手に急に持ち出すのは何故かわからなかった。結局そのお金は会社のお金と認められず、母親のお金だったと判明し一件落着だが、あまりヒロインを100%の正義として見ることはできなかった。

そして、ヒロインのお腹にいる赤ちゃんはいったい誰の子なのかが最後まで個人的にはわからなかった。会社の男との行為のシーンはあったので、その男との子なのかと思っていたが、その後の主人公の発言や様子を見ると、彼との間の子のようにも見える。その点なかなか腑に落ちないままこの映画は終わってしまった。

主人公に一方的な悪戯をする赤いズボンの男がいたが、その男の行動が別に合理的な意味は特になく、ただ嫉妬しているだけで悪戯を続けているようにしか見えず、存在意義のない悪役にしか見えなかった。主人公の前科をヒロインに伝え、それでもヒロインは引き下がらなかったので悪役の悪戯でむしろ2人の距離が近づいたのではとも感じたが、それにしても無意味な嫌がらせだと思う。

ここまでは批判だが、もちろんこの映画を見て良かったと思う部分もある。

今作の監督は今村昌平。だが溝口健二映画にも似ていた。雨月物語や山椒大夫では、霧がかった湖に小舟がポツンと浮いているのを、幻想的に映している場面が私の印象として根強い。今作はそれらと違いカラーで現代が舞台の映画だが、その溝口映画にしかできない映像作りがこの映画でも見られた。

私が一番好きな部分は、弁当のくだり。一回目は完全に男に無視され、2回目は「また作るから」としっかり予告をしたにも関わらずそれもまた無視される。しかし3回目、弁当を男に渡すラストチャンスで男は臆せずその弁当を受け取った。女は受け取ってもらえた。最終的には刑務所に戻る羽目になったが、ここだけ見ると完全に前向きなハッピーエンド。片思いにしか見えない微妙な恋愛がようやく少し動いた瞬間。とても熱い展開だった。

主人公の男がうなぎをペットとして飼っているが、そのうなぎやうなぎが泳いでいる青く光った水槽を映すカットはどれも綺麗だった。また、主人公が水槽の中に手を入れてそのまま小さな水槽の中に全身を入れ潜りに行く演出は発想力があり、魅力的だった。

また、プロローグ部分もとても好みだった。疑惑→確信→殺気→刑務所→出所→タイトルバック(うなぎ)までのテンポが完璧。とても観やすかった。特にテクニカルな編集や演出はしていないが、とても興味そそる始まり方だった。

一番初めに書いたように、長いと感じることはなく、完全に間延びしてしまっている部分とかも特に感じられなかった。日本の古典映画にありがちな、カット割りをしない長回しカットも散見されたが全然許容範囲。

もしかしたら2回目見る時に、たくさんの新たな発見があるのかもしれない。しかし、2回目リベンジをするモチベーションをどう作ればいいのかがこの映画の場合はわからない。今村映画を徹底的に楽しめる通な人であれば間違いなく楽しめる傑作だろう。
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