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奇跡の人のyoukiのレビュー・感想・評価

奇跡の人(1962年製作の映画)
3.5
ヘレン・ケラー&サリバン先生に関連する映画で最も有名で評価されている映画。
最大の見どころは間違いなく最初の食事の躾のシーン。長回しでもなく、カメラワークにこだわっているわけでもないが、とても迫力があった。三重苦の子供に対しての躾の難しさが伝わる。子供は(言葉を選ばずに言ってしまうと)まるで獣のように反抗心を剥き出しにして大人を困らせていて、見ている側はそれに恐怖も覚えた。一方でこれを抑制しようと必死の先生も、同じくらいの異常性だった。これらの演技をしたヘレン役とサリバン役の両演者が、本当に素晴らしかった。

目や耳に障害を持っている子どもを躾るときに一番初めにやらねばならいことは、「世の中は『物』で構成されていて、すべての『物』には『名前』というものがある」と言うことを分からせること。
この映画を感じて意外に思ったのは、たとえ重度のhandicapを持っている子でも、躾のためにやることは健常者やペットに対してするようなこととそこまで大差ないということ(映画見終わった後で、流石にこの感想は自分の勘違いな気もするが…)。何か物に触れさせて、物の名前を伝えて、物を奪って子どもをパニック状態にさせて、無理にでもその名前を声や指文字を使って表現させる。これを何度も繰り返す。座って食事をさせるよう躾るには、まずテーブルの前に座らせる、食事を出す、子どもが立ち上がって食事に手をつけようとする、無理やりまた椅子に座らせる、それでも子供が立ち上がる、それでも椅子にまた座らせる。これを子供が座って食事するまで延々と続ける。
作中でも、サリバン先生はこのような指導をヘレンに対して行なっていて、やっぱり三重苦の子供への教育は大変だなあと感じたが、よく考えると、これは犬や健常者にだって行う教育方法だ。至って普遍的な教育方法が、ヘレンにも通用すると言うのはとても驚いた。

後半になると、サリバン先生の人間哲学的な話にもなってくる。
サリバン先生のスパルタ教育をマンツーマンで二週間受け続けたヘレンは、少しずつ、物の名前や指文字の仕方を覚えていって好奇心も沸き始め、そのせいか無闇に暴れるということ挙動も減っていく。
それを見たヘレンの家族(特に父)は、「もうヘレンは立派だ。躾は終わった」と安堵し、サリバン先生にも感謝と共にお役御免のような態度も示す。しかし、サリバン先生は全くそのつもりはない。彼女はまだヘレンへの躾は全く終わっていないとストイックな立ち振る舞いを見せる。彼女が作中言ったのは「禁止を知っただけで、それに従うだけではダメだ」ということ。
全て人は自分の周りの他人に迷惑をかけないように、そして自分が危害を受けないように、ルールや法則を覚えなければいけない。子供は学校で読み書きを学ぶ前の段階から、それに通ずる常識や秩序などを学ぶ。
しかし、それを理解すれば立派な人間というわけではない。その後は子供の発達過程においてもう一段階上のフェーズに切り替わり、自分のアイデンティティを形成する訓練と、自分で考えそれを表現することを学ばなければいけない。そこまで達成されてようやく教育者の仕事は終わる。自分の憶測を思いっきり含んでいるが、サリバン先生はそういう考えを持っていたのではないか?彼女はヘレンが言葉を喋れないことを何度か嘆いていた。ヘレンの思っていることを本人の口から聞きたかったのだろう。
ヘレンの両親の話をすると、両親(特に父)はヘレンに対してはとても甘く、もはや躾をさせようとも思っておらず、常に犬を飼い放しているようだった。障害者に対して優しい人たちという見方も出来るかもしれないが、自分は彼らはヘレンのことを、一人の人間だと思ってすらいないんじゃないのかという怖い印象まで抱いてしまった。一人で着替えや食事をひとまずは出来るようになったヘレンの姿を見て「よし、これでいいや」と思ってしまっているなら、人よりもペットに近い接し方をしているのではないか、そう感じた。

この映画のあまりよくないと思った点は、最後。明らかに最後の十分くらいはハイテンポすぎて色々なところを端折っている点。結構カオスにも感じた。久々の家族揃っての食事で、ヘレンが発作し始めた時の絶望感から、そのあとすぐの水汲みのシーンで指文字や言葉の存在を覚えていることが判明しハッピーエンドでエンディングを迎えるという流れは、急展開が続きすぎだと思った。
ヘレンが水バケツに手を入れ、ゆっくり「water」と言葉を初めて発するというエピソードがヘレン&サリバンの逸話では有名だと思うが、この映画では結局そこまでヘレンの成長は描かれておらず、確かに指文字やキスすることを覚えたというところで今作は終わる。サリバン先生も、ヘレンが言葉を自力で言う、という成長までをずっと追い求めていたので出来れば、言葉を発するエピソードまでを今作で見たかった。

三重苦に打ち勝った奇跡の人とその先生の関係に迫った、今作はただの障害が題材の感動ヒューマンドラマではない。「教育とは?」「人間とは?」といった人間の本質的なテーマも取り入れている歴史的にも価値のある作品。
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