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西部戦線異状なしのyoukiのレビュー・感想・評価

西部戦線異状なし(2022年製作の映画)
4.1
良質な戦争映画。特に美術(セットデザイン・特殊メイク含む)と照明が完璧。ストーリーやキャラクター設定はそこまで個性はなく、個人的には画力に命をかけたような戦争映画。技師達の力量に感服した。
塹壕や沼地の映像が多く、似た画がよく続くが、それら全てがリアルで50分を長いとは一度も感じない。

顔にこびりついた泥などは間近で見ても本当にリアルですごいメイクだなと感心した。これだけのメイクが可能なら、どれだけ演技のできない役者でも抜擢してももはや問題ないのではと失礼な考えが浮かぶくらいの技術。(今作は演技も素晴らしかった)そのほかで言うと、血のついた家族の写真やグロテスクな死体などのアイテム全てが作り物とは思えなかった。
そしてコスチュームは個人的にはすごく好みだった。日本に限らず世界中で「軍服をクールなものと思ってはいけない」という反戦思想からくる美談はあるが、はっきり言えば、この映画で俳優達が身に纏っているトレンチコートはとてもかっこいいものとして私は捉えてしまった。

照明について。
私は戦場なんて当然経験したことはない。なので本当の戦場最前線がどう言う現場かはわからないが、今作では想像以上にスモークが炊かれていた。上から塹壕を撮っている俯瞰的なカットでは、そのスモークがより存在感を増す。100メートル先なんか全く見えない。それくらいの大量のスモークだが、その演出も自分は気に入っている。遠くが見えないからこそ目の前の絶望的な局面に立たされている、兵士たちに目がいく。
映画の終盤、塹壕の地下で敵兵に刺され死ぬ寸前の主人公、そしてそれに多少の憐れみの表情を与えて、階段を上がり外に出る敵兵。このシーンでは地下を真っ暗に、地上に続く階段とその先は眩しいくらいの光が差していた。この明暗の対比は、まるで天国と地獄のよう。極端な照明だったが芸術的なシーンとして記憶に残っている。

ストーリーは、前述の通り戦争映画としてはお決まりのパターン。初め完全に舐めた態度で戦場に出向き、そこで仲間がどんどん死んでいき戦場の洗礼を受けていく話。
しかし、この映画は普通の戦争映画以上の絶望感を観客に与えてくる。霧の中から現れた敵は何十台にも及ぶ戦車と火炎放射器。圧倒的戦力差でその場の戦況は一気に形成逆転。死に物狂いで少ない仲間達と何とか戻った軍の本拠地。診療所は怪我人だらけで地獄絵図。周りの兵士は停戦するだろうと思い込み元気にスープを食べている。しかしその翌日、停戦の寸前まで戦えと権力以外何も持っていない将軍の命令によりまた前線まで押し出される。反抗したものは何故かその場で銃殺。ここまで絶望を極める展開は珍しい。見ていて辛い。
また、主人公が力尽き死体となりそこにやってきたのは戦場に駆り出されたばかりの戦場の洗礼を受けていない10代の若者(たぶん)。その様子は、映画の最初に登場した主人公とそっくり。「戦場ではこうやって同じストーリーが何度も繰り返されるんだ」ということがわかる。

この映画では、食事のシーンが多くそのどれもが映画のいち見所として輝いていた。とても庶民的なシーンだが、これは一種の飯テロ。どこかの映画解説サイトで知ったが、こういう映画やドラマの食事のシーンは「こんなカオスな世界だが、これは私たちが生きている日常の延長線にある話だよ」や「この世界の住民だって私たちと同じ生き物で、日常は一緒だよ」みたいな意味を持っているらしい。戦場は今自分の生活している場所は全てが違うが、確かに飯のシーンだけは謎の安心感があった。

グロテスクなシーンはたくさん見られたが、そこにはある程度の視聴者への配慮もあった。もっと端的に言うと、そこまでグロくない。私は暴力描写の過激さを最大の頼りにウケを取ろうとする、近年の行き過ぎたホラー映画やヤクザ映画はあまり好きではない。別にスナッフフィルムを見たくてエンタメに浸っている訳ではない。この映画はその点、変に緊張したり直視するのを躊躇ったりする必要は全くない。戦争の残酷さをしっかりと感じながら、ストーリーを追うことができる。

音楽もとてもよかった。いい意味で音楽は存在感も薄く、重低音の音が塹壕のシーンではよく流れており、緊張感を生み出す効果を十二分に発揮していた。人が死ぬシーンで、大袈裟に感動的なbgmや悲しいbgmが流れていた訳でもない。
無駄のない音楽で、別に記憶に残るメロディーがあった訳ではないが、ただいい音楽だったと言うことだけ覚えいている。でも映画に挿入される音楽なんてそれくらいがちょうどいいと思う。

悪い点とまでは言わないが少し気になった点は、人の名前と顔の一致が途中まで完璧には出来なかった。全員同じ服装・性別・人種なのが原因なのではないか。
上の人間同士での停戦のための交渉のシーン、どっちがドイツサイドでどっちがフランスサイドが少しわからなかった。まあこの映画はドイツ映画なので、字幕が挿入されない人の方がフランスサイドに決まっているのだが、何故か自分は初め戸惑った。これは自分の理解力がないだけの問題なので映画に罪はない。
あと、位置把握が自分はあまりできなかった。フランスサイドの塹壕からドイツサイドの塹壕までの距離、拠点から前線の塹壕までの距離などの把握に時間を要してしまった。主人公が女のポスターを貼っていたドイツサイドの塹壕がフランスに一度占拠されて最後、停戦間近の時間帯でのドイツの攻勢でフランスサイドの塹壕に突撃するが、最終的にドイツ側がその塹壕を瞬時に奪還できた。地理的な感覚などが十分でなかった自分には、この一巻の流れがスッキリとは入ってこなかった。しかし、これもただの自分の理解不足。

余分なストーリーもなく、「戦争とは何ぞ」ということをクールに残酷に伝えてくれた今作。見応え抜群。
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