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ビルマの竪琴 総集編のyoukiのレビュー・感想・評価

ビルマの竪琴 総集編(1956年製作の映画)
3.6
戦後の高度経済成長期に製作された日本映画の中では、抜きん出て理解しやすく観やすい作品だった。
裏切りの多いサスペンス系や無駄に専門用語の多いSF系や登場人物多めの戦争系映画とは違い、登場人物の登場人物たちの行動の目的や与えられたミッションは極めて単純明快で、中弛みしていると感じた場面もなかった。

私はAmazonプライムでこの総集編版を視聴したが、画質がとても良かった。人の顔が映るときは涙の雫や汗のてかり、髭一本一本までしっかりと捉えていた。まるで現在のスマホカメラで撮影したものをモノトーン加工したような映像だった。

「戦争映画なんてどれも一緒じゃない?」と言っている人も多いのでは。正直私もそれをたまに感じる。それはゲリラ戦や、塹壕が掘られ有刺鉄線が張り巡らされた前線のシーンは、バトルフィールドが広い割にどこも景色は一緒で、視覚的にはレパートリーが少ないのが一つの原因。さらに、戦争・捕虜を題材にした芸術や小説の大半は、殺し合いや拷問のシーンを多様し戦争がいかに恐ろしく悲しいものかを示すことにフォーカスしている。あるいは、仲間や家族が死ぬことで、命の尊さをうったえかけるヒューマンドラマと化している。

しかし、この映画はそれら個性の弱い映画たちとは全く違う。
戦争に敗北してすぐの日本兵たちが現地(ビルマ)で捕虜となり、祖国に無事帰還するまでに直面したことが描かれている。が、今作は残酷なシベリア抑留物語とも全く違う味をもつ。その意味で、この映画はとても観る意味のある映画だった。

最終的に主人公の水島は、元日本兵として祖国の再建のために尽くすのではなく、日本兵としての自分を卒業しビルマで僧侶となり、おそらく発見した多数の日本兵の遺体を葬る活動をしていくのだろう。
自分に与えられた使命は何なのか、そもそも幸せ・倫理観・死生観とは何なのかを見つめ直した主人公。そしてその決断をリスペクトした仲間たち。この映画のテーマは、人生哲学の領域にまで及んでいる。
ここまで深く、考えさせられる戦争映画は少ないのではないか。

捕虜となった日本兵たちは、常に集団で行動している。みんなで目的地に集合し、みんなで船に乗り祖国へ帰る。それに対し水島は、隊から離れた後は常に一人ぼっちで歩いている。集団行動が原則で祖国が恋しい兵隊と、孤独ながら自分の信じる道を進む僧侶の違いが描かれていた。

個人的に好きな映画演出もあった。
映画序盤の、停戦中とは知らず建物に籠り、そこで敵軍の歌声が聞こえ両陣営が歌いながら相手と戦うか否かの駆け引きをする場面。讃美歌のようなマイルドな曲を歌いながら迫り来る大量の(たぶん)イギリス兵。耳は心地よいが状況は明らかに緊張感が増している。手に汗握る不気味なシーンだった。
また、竪琴の音が微かに聞こえ、1人の男が「あっちから聞こえた!」と指をさす。カメラはその指した先にある林を映す。すぐに他の男が「違う!あっちの仏像の胎内だ!」といい、カメラも急いで仏像を映す。この流れは観ていてとても臨場感があった。

水島と隊が離ればなれになってからは、両方の視点が交互に描かれる。そのときに、時系列も多少こねくり回されていた。その時系列のずれからくる違和感は、両者が橋の上ですれ違うシーンで完全に解消された。この時代に製作された映画としては珍しい手法に感じた。

水島のことをずっと心配している、隊員たちは、上に記したように決して単独では行動しない。終始「みんなで1人」の意識で、周りに外国人しかいない完全アウェーの環境を乗り切っていた。彼ら映画では一人一人のセリフは少なくて、俗にいうモブキャラ集団だが、彼らのキャラクターがまた良い。「いつでも大声で歌い、現地の人とも親睦を深め、ジョークも言い合う関係。
彼らのおかげで今作は、そこまで悲劇的すぎず多少はリラックスしながら見続けられる古典映画に仕上がっている。「スターウォーズ」でいうところのR2-D2とC-3PO。

今作の最終カットも個人的にはオシャレに思った。まるで芥川龍之介の羅生門のよう。映画はここで終わるが、登場人物達の新たな人生はここから始まるのだ。「終わりは新たな幕開けの合図」というのを、ワンカットで説得力を持って伝えるのは難しいと思うが、今作のラストカットにはとても感心した。水島は、一体その後どういう人生を歩んだのだろう?

悪い点は、やはり録音の部分。大声を出してのセリフは少々聞き取りにくかった。これは技術的なことであって、この時代の邦画はどれにも言えることなので仕方あるまい。しかし、ヒッチコックの映画や同時期よりももっと前に作られたハリウッドの映画では、あまり雑音や音割れは気にならないので、なにか歯痒い思い。

琴の音は、綺麗だがすごく静かで謙虚な音。僧侶の水島に似合っている。

水島が一度とあることをきっかけに、自分がこれまで見てきた死体を一気に思い返してしまい具合を悪くしてしまうところがあるが、その視覚効果を使ったフラッシュバックカットは些かダサさを感じた。「ホームアローン」のようなエフェクトだが、アニメ感が非常に強く、今の時代はナンセンスと言われる編集だった。

技術面で今の映画に劣る部分は確かにあるが、もしかしたら人生観等について何かしら見つめ直すきっかけになるだろう。決して、情に訴えかけるだけのシンプルな映画ではない。情報量が多かったり、複雑な話だというわけでは決してないが、見応えがあった。
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