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劇場のyoukiのレビュー・感想・評価

劇場(2020年製作の映画)
4.0
一見ただのブルーな恋愛映画に見えるが、他のそれ系の映画よりもすごく緊張感があり、ビクビクしながら2人の関係を眺めていた。抜群の演技力もあってか、それだけ見応えのある映画。

言うまでもなく、主人公は男の方で何度も彼の文学的なナレーションが入る。自分はストーリーの説明や補足のために劇中にナレーションを多用する映画はあまり好きにはなれないが、今作は例外でナレーションによって映画を観ているときの自分の情緒も抑えられた。
男は満場一致のクズ男。ろくに働かず、夢を追いかけることにも中途半端、彼女に家に居候させてもらっているのに彼女に八つ当たりをする。そのため常に彼女が悲劇に見舞われる。彼女はその彼氏(クズ男)に完全にゾッコン状態で、あまり憂鬱そうにはみえないが、2人の関係を第三者の目線から見ているこちら側からすれば、彼女が可哀想で仕方がない。
しかし、この男はただのクズ男ではない。間違いなく男は一般的な人間の心を内心に持っている。そしてその内心の思いが、ナレーションによって語られているのだ。
「全く自立出来ず、彼女の助けがないと生きられない自分に脱帽している。自分に演劇の才能がないことなんて自分が一番わかっている。そんなダメ人間の自分なのに、彼女はいつも自分に甘い。それが逆に罪悪感の増大につながり、彼女にも八つ当たりしてしまう。そんの自分が大嫌い、、、」
根は真面目なクズ男の本当の心情が、的確にナレーションを通じて表現されている。男は決してソシオパスでもなく、本当にヤバいやつでもない。だからこそ自分も男にぎりぎり共感できた。そして、「自分も手抜いてたら、将来こうなるんじゃ、、、」という現実的な不安も感じた。

上記に記したように、彼氏は相当難ありな人間。しかし、彼女側にもかなり問題がある。個人的に察したのは、おそらく女は彼氏との交際・同棲を通じて、躁鬱を患ったのではないか。デートのときや、オートバイに乗っている彼氏に向かって何度も懲りず「いないいないばあ」をしたりと、異常に元気はつらつのときがあれば、大好きな彼氏のギャグをガン無視するときもある。そして体調不良になる。
何はともあれ、あのような彼氏と一緒に生活しているのだから、気が滅入ってしまうのは仕方あるまい。

この2人のやりとりのシーンが、今作の大半を占める。何気ない会話から急に男が怒り出したり、急に女が男に対して冷たい言葉を放ったり。また、クレヨンしんちゃんのミッチーよしりんみたいな、見るに耐えないバカップルのやり取りも急に始まる。それらのせいで常にこの映画にはスリルがあった。
もはやこのカップルはいつ急に別れてもおかしくない。でも関係が改善する可能性も十分高い。奇妙な個性を持っている2人だからこそ、2人の先が読めない。
この映画は特に大きなクライマックスがあるわけでも、ビッグイベントがあるわけでもない(強いていいうなら、後半女が体調を崩してからちょっと話が動く)。話自体は淡々としている。それでも特に映画を観ていて眠くはならなかったのは、これが原因だろう。

もう一点評価したいのは。この映画の尺。前に記したようにこの映画は眠くはならない。しかし、かなり長く感じた。130分という尺の割に、場所や登場人物がいつも一緒だからだろう。中弛み感はあった。
しかし、作中描かれているカップルの関係自体もかなり中弛みしている。腐れ縁もいいところ。おそらく映画を鑑賞している自分達だけでなく映画の中の彼ら自身も、「もうさっさと別れてこの映画終われよ!」と願っていただろう。
映画を観ている側も映画内の登場人物も、どちらもうんざりしているのだ。その辺り、次元を超えた感情のリンクを感じた。だからこそ、この映画の長さにはとても価値がある。

セリフに関しては、1センテンスが結構長い。ナレーションだけでなく、会話も長い。男は哲学的な問いかけも彼女にする。これらはたまに頭に入ってこなかった。どれだけ文法に則して理論的に話したとしても、センテンスが長いと自分は頭が悪いので理解ができなくなってしまった。
この点は単に自分の聞く力不足だろうが、それにしても、もう少し端的なカッコいい名言を生み出す工夫は脚本でできたと思う。

最終的にはこの2人は女の帰郷を機に別れることになる。それは映画を観ている側からすれば、冒頭の部分でもう想像がついた。
しかし最後、2人の思い出の脚本を読み合いするときに、2人(特に男)は確かに成長したなと自分は鑑賞者ながら思った。2人の「もうお互い依存し合う関係はやめた!」という強い心の変化をどこかで感じ取った。それが個人的にもすごく嬉しい。
また、2人が読み合う部屋のシーンから、演劇のシーンにシームレスに切り替わる演出も素晴らしい。そしてその演劇を、少し大人びた女(元カノ)が観客の席から涙を流しながら観ているのもとても面白い。たくさんの客がその舞台を観にきているが、主役を演じている男はその中のたった1人のために、演技をしている。何ともロマンチックな瞬間。

私は別れて終わるブルーな恋愛映画よりも、感動できるハッピーな恋愛映画の方が得意だ。この映画はそのうちの前者にも関わらず、あとに引く満足感を得ることができた。
少しセリフは文学的でしつこさがあるが、そこらの売れっ子アイドルの主役デビューのために制作される量産系恋愛邦画たちとは比べ物にならないくらいに、今作は質が高い。
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