新潟の映画野郎らりほう

カティンの森の新潟の映画野郎らりほうのレビュー・感想・評価

カティンの森(2007年製作の映画)
5.0
【無間地獄】


冒頭、橋上で避難民が叫ぶ-『逃げろ、ナチスが来るぞ』。
然し切り返されたキャメラに映るのはまたしても避難民の叫びなのだ-『逃げろ、ロシアが来るぞ』。

この冒頭僅か2カットを見ただけで大きな嘆息を吐く。
そして覚悟する『ワイダは120分間の全てを“地獄”の描写に割く気だ』と。

ポーランドが第二次大戦で、独ソに挟み撃ちされた事など誰もが識っている。
然し、もし仮にその歴史を識らぬ者がいたとしても、あの冒頭の象徴的カットバックを見れば『ポーランドには地獄しか無い』事が瞬時に諒解できよう -地獄の切り返し先に待つのは、対義である筈の安寧などではなく 又しても地獄なのだ。

独ソに依る東西からの蹂躙。前線と銃後。戦中と戦後。体制への抵抗と隷属。死者と遺族。そして、肉体的死と精神/尊厳の死…。
どちらに行こうとも、どちらに為ろうとも、どちらを撰ぼうとも、容赦無く待ち受ける死と地獄。ポーランドの於かれた非情の淵の そのあまりの深さに、唯立ち尽くし寂寞するばかり。


それでも…。


それでもまだワイダは手を緩めない。

今まで“客観”で描かれてきた死/地獄が、最期に“主観”になる。そして闇黒へ-。
惨さ、怖ろしさと共に私の中に喚起されたのは“無念”の想い。

ここには、命を消され、歴史から消され、そして真相をも消され 埋められていった同胞の無念に 限り無く同一化 -添い遂げようと- するワイダの強い冀求がある。




《劇場観賞》