140字プロレス鶴見辰吾ジラ

コンタクトの140字プロレス鶴見辰吾ジラのレビュー・感想・評価

コンタクト(1997年製作の映画)
4.0
【形のないもの】

冒頭の地球から流れるポップソングが宇宙を進むに連れて年代を遡り、遙か遠くの光年を感じさせる演出からグッときた。そして無線を試す少女。最長記録の自己ベスト更新。少女は問う、火星は木星、金星まで電波は届くのか?そして死んだ母の元へも届くのか?この冒頭で涙腺の緩む傑作へのチケットは手に入ったようなモノ。素晴らしい!好きだ!

本作は誇大妄想にも近い異星人とのコンタクトを目標にする女性科学者が主人公。そして宗教顧問が物語の王子のポジションにいる。予算削減という現実がのしかかり、夢の呪い性、哀れさが影を落とす中、ベガからの信号をキャッチするシーンは、音波計の波長とともに高揚感をビートする。

前半はじっくりシグナルの謎とメッセージの意味を解読することを推進力に引き込むミステリアスな魅力。しかしながら宗教観のない者は試されるであろう科学×宗教という対立かは高揚感のビートに影が落ちることがあるだろう。クライマックスへ向けて作品の推進力は、ワープ航法の可能性や「神を信じるか?」という観念が渦巻く。神の存在云々が宗教映画の側面を見せだして、気持ちが先細る頃に割と希望を与えるシーンでの伏線回収にキレがあったことにより150分規模の映画における興味の衰退を軽減したのは見事。

当時のCG技術だとやはり安っぽく見えるが、特撮的な魅力や可愛げはしっかりあるラストアタックを告げる装置や設備の閃光と衝撃から連なるラストシーンへの場面。「ファーストマン」にあった宇宙や月を「死の場所」として捉えることで見える作品の本質。現実を大きく超越し、科学の知覚限界を超えたところに観測不能な「愛」「希望」「信仰」そして「幸福」が待っており、逆説的に科学者である主人公の意義の揺らぎ、宗教顧問が彼氏役に配置された意味が大きなエネルギーを発生させる。本作で大きく感心したラストシーンへ向かう。

「神を信じるか?」  
「オカルトを信じるか?」
「サンタクロースを信じるか?」
「臨死体験を信じるか?」
「科学を信じるか?」
「頭の中の真実か?」
「脳のバクか?」

愛は観測不能である。
※後に「インターステラー」が観測したと宣言するのが感慨深い。

いつも大切なモノは目に見えないし、観測することのできない形のないものなのである。こんな体験をしてみたい。漠然とした希望や夢をくれる映画。