あなぐらむ

荒い海のあなぐらむのレビュー・感想・評価

荒い海(1969年製作の映画)
4.1
高度経済成長をなし遂げようとしていた日本の総括として各社が戦後実録ものを作り始めていた中、日活は「黒部の太陽」で成功を納め、二の矢としてこの海洋冒険映画を製作した。渡哲也と高橋英樹の二大スターを軸に、大映から田村正和を迎えヒロインには和泉雅子、左幸子もスペシャル・ゲストスターで起用。題材はズバリ、南氷洋捕鯨である。

これがどうして高度経済成長なのかというのと、戦後の食糧難を陰で支えたのは栄養豊富な鯨肉加工品で、今もなお高級食材として流通している。この鯨食に関する問題は「ザ・コーブ」「ビハインド・ザ・コーブ」や「おクジラさま」といったドキュメンタリーのほか、当アカウントでも紹介した「くじらびと」まで様々な見方で切り取られているので参照頂ければ幸い。サステナブルとか言うなら保護されて数が増えた鯨は食うべき、というのがこのアカウントの姿勢である。

本作で渡哲也と英樹さんが南氷洋に獲りに出かけるのは、シロナガスクジラとかのでけぇやつ。大船団を組んで出向いていく一大事業であり、本作ではニッスイが全面協力して実際に南氷洋ロケも行っている(撮影の多くは女川など東北沖合で行われた)。
非常に長い映画なのだが、原版となるネガは東日本大震災時に女川にあったために流されてしまい、俺が観たのは山崎徳次郎監督によるディレクターズカット版(今でも日活からレンタル可能)である。この作品については、今まで何度もあちこちで上映会を行っていて、このご時世にまさに知っておくべきお話でもあるので、機会があればぜひ。

お話の方は時代を映し、渡さんは学生運動くずれ。故郷に逃げ戻り、捕鯨船乗りの兄と高校時代の親友・高橋英樹と共に捕鯨船に乗り、荒波の中で人生を見つめ直していく。その船団の団長(西村晃)は、先の大戦で渡さんの父を含め多くの海兵を死地に追いやった船乗りだった…てな感じ。実直な英樹さん扮する技師、ボートレースの事しか頭にない軟派な若者・田村正和の三枚目も良かった。

船団は神戸から出港するのだが、日本各地から捕鯨船の船員がぞくぞくと集まってくる(由利徹なんかもいます)件はちょっと傭兵ものっぽい。サスペンスとしては、いつ現れるかもしれないクジラを待ち、耐えて待つか、進路を変えるかのぎりぎりのタイミングに、団長がかつての戦時を思い起こす辺りがクライマックス。死ぬための戦いから、生きる為の戦いへ。「流れ者」シリーズの山崎徳次郎後期の渾身の一作である。「黒部の太陽」が「明」とすれば本作は「暗」。実際の所、興行は思わしくなかったようで、そこに捕鯨問題が追い打ちをかけて今も日陰の存在となってしまった隠れた作品だ。

和泉雅子は役場の女の子で、渡さんと文通をするぐらいの出番しかない。やはり山崎監督は硬派だったのか、全長版ではもう少し何かあったのかは分からない。些か教条主義的な所もあるが、獲れた鯨を男たちが船上で豪快に裁いていくシーンは「くじらびと」に先駆けたインパクトあるシーンとなっている。うねる海、鯨の魚群、これぞ海洋エンターテイメントである。