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西鶴一代女のryosukeのレビュー・感想・評価

西鶴一代女(1952年製作の映画)
3.8
初見時は近い時期に見た「雨月物語」(個人的オールタイムベスト)によって霞んでしまい、割と長くてつまらないなと思った記憶があるが、やはりと言うべきか見直してみれば十分良作。同じようなエピソードの繰り返しであり、テンポが緩いという感じはまああるが。
序盤で殿様に嫁がされるのを拒否して田中絹代が竹藪を疾走する長い横移動撮影、偽成金が逃走する二階から一階へのワンカット、文吉を捕らえて去っていく男たちの描写、殿様を追って廊下を行く田中とそれを止める部下のシーン等、静謐な時間の流れの中でダイナミックな動きが発生し、緩急になっている。
ファーストシーンで仏像を見つめる田中は客の寄り付かない50代の夜鷹とは思えない輝きを放っているが、これは苦難の中の女こそ輝くという溝口美学の現れだろう。
これに対して、俗悪で欲望を剥き出しにした男たちの醜さよ。娘を売りたいと申し出て布団の中で不貞腐れる菅井一郎、金をばらまく偽成金(柳永二郎)、身請けが決まった瞬間に土下座を繰り返す郭の主人、嫌らしい表情で擦り寄る文吉(大泉滉)、着物を脱ぐ姿に突如催す進藤英太郎等々。また、嫉妬に狂う女も実に恐ろしい。殿様の正妻(山根寿子)、髪を切るよう迫る進藤の妻(沢村貞子)。これらの不届き者に囲まれることで、一人凛としている田中絹代の気高さが際立つ。
しかし進藤英太郎は良いなあ。早口でぶっきらぼう、俗物感が滲み出る口調は正に商家の主人という感じで好演。進藤と加東大介の会話なんてTHE俗という空気感が出て楽しい。
結局夜鷹たちが寄り添い合う姿だけが暖かい。やはり虐げられる者同士の結束こそが固いのか。「世の中なんて何をしても同じ」と言い放ち豪快な笑い声を上げる彼女らの頼もしさ。
化け猫の真似を披露して、「おおきに」となお捨て去れない優雅さを放ちながら去っていく田中絹代の敗残者の誇りが美しかった。
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