LATESHOW

フルメタル・ジャケットのLATESHOWのネタバレレビュー・内容・結末

フルメタル・ジャケット(1987年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

人間性を失わせまっさらにしてから
従順な兵士に仕立て上げる方法がある。
笑ったり泣いたり出来なくしてやるほど
罵倒し、殴りつけ、走らせ、規律のみに従わせる。
名前を奪い酷い渾名で呼び、
ルール違反は連帯責任で懲罰する。
差別などしない、ユダヤもクロもイタ公も、
貴様ら等しく価値がない豚だ。

そうして口の悪いデカい赤ん坊を次々製造していく。
漫画チックな殺戮機械ではない。
戦争という地獄で考えるのを止め
命令だけを欲する都合の良い使い捨ての道具。
ノロマのデブもシコシコPTして
狙撃手に育て上げたが欠陥品になってしまった。
有名な殺人犯達が海兵出身であると聞いて
目に狂気が宿った時気づくべきだった。

教官の前に規則正しく並び
手を差し出す純白の若者達と
中央でドーナツむさぼる微笑みデブ。
キューブリックらしいこの構図は
赤ん坊達の洗礼式だ。
真夜中に微笑みデブは石鹸を包んだタオルで
全員からリンチに遭う。
役立たずのマラ頭を洗い落としてやるぜ。
教育係だったジョーカーも強要され彼を殴る。
神を信じぬ皮肉屋ジョーカーもまた
戦争の狂気に晒されていく。

キューブリックは告発をする必要などないと考えている。
猿の時代から争い、歌いながら老人を蹴り女性を犯し、無様な決闘で命を散らし、狂気に駆られて妻と子を追い回し、核弾頭に笑顔で跨って世界を終わらせる人間の滑稽な姿をただそのまま冷徹に見せるだけでいい。
史上最低の訓練歌で走るだけでいい。

皮肉屋ジョーカーは完全にイカれたくないのか、
しばしば傍観者的な姿勢を取りたがる。
ヘルメットにはBORN TO KILL、
胸元にはピースマーク。
上官からすれば意味不明でしかない。
戦闘には心の準備が出来ていないが
仲間達のジョークには意気揚々と応える。
理性を保ったまま社会に戻りたいのだろう。

徴兵前の彼は
世を斜め見しているありふれた若者だったのかもしれない。
過酷な訓練を経て真の地獄に送り込まれ、
なんとか傍観者として生き残りたい彼。
周りはもうとっくに狂っている。
製造されたデカい赤ん坊達にインタビューすると
考えるのを止めているのが分かる。

瞬く間に仲間達を殺した
凄腕の狙撃手は、
年端もいかない女性だった。
狂って上官を撃ち自殺した微笑みデブと
同じ狙撃手に、
ナメナメ幾らネ?高いネ!と
笑って値切りしていたような女に、
あの訓練を通過し立派な人殺しになれた
デカい赤ん坊達は
なす術なく撃ち殺されたのだ。

笑える話だろ?

「全く戦争は狂気だぜ!」
と逃げる女子供に向かって乱射し、
等しく価値が無いから
ニガー呼ばわりされても平気でいられる
デカい赤ん坊達は
あんだけ過酷な訓練受けてきたにも関わらず
同じく戦争に巻き込まれた若い女性に
虫ケラみたくジワジワ殺されてんだよ?

赤ん坊が戦地に何故か落ちているぬいぐるみを拾うと、
仕掛けられていた爆弾で吹っ飛ばされる。
卑猥な話で連帯感を育み、
ベトコンの死体と戯れ、
馬鹿でかいライフル連射する赤ん坊達、
坊主頭に削ぎ落とされ生まれ変わった時から
お前らは唯の滑稽な存在でしかなかったのだ。

地獄は、だから地獄なんだよ。

ジョーカーは虫の息で懇願する女にとどめを刺す。
サポートしてあげた微笑みデブへの
リンチに加わり殴ってしまったあの時、
既に地獄へ足を踏み入れていたのだ。
傍観者でいたくとも当事者にならざるを得ない地獄に。
戦争犯罪に手を染め、戦果を求めて
ミッキーマウスマーチを歌う赤ん坊達の行進は続く。

「私はもう恐れない」と最後にジョーカーは呟く。
真っ黒い戦争の狂気に塗りつぶされていく彼。
虚無感のエンドクレジット、
やるせなく響くPaint It, Black。
人間はおかしくも哀しい。
前半部分だけがよくネットで
面白可笑しく切り取られているのがまた。

「唯一の要求は本官の命令を神の啓示として従うこと」。
デカい赤ん坊達は考えるのを止めて死んでいく。
そこら辺で、今日も。
「哀れなるものたち」のベラとは
全く対極の存在だ。

戦争映画の皮を被った、神の喜劇。
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