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真実の行方のCureTochanのレビュー・感想・評価

真実の行方(1996年製作の映画)
4.3
私的には面白くてびっくりした。アメリカでは今年の3月に、4Kの特別版ブルーレイが発売されるらしい。redditでも好きな人は多い。隠れた傑作なのね。

オチというより、とにかく作りが良い。主人公の弁護士が登場し、仕事をするのを追っていく冒頭から引きつけられ、飽きるポイントがない。おなじ1996年の「ヒート」とはえらい違いだ。主人公は仕事ができ、気心の知れたイタリア系の秘書と黒人の元刑事の助手がいて、地元のガラの悪いラテン系の男たちともいい関係になっている好人物である。うまく描かれるし見てて楽しい。しかも売名のためではなく、信念を持ってやっていることが後半でわかり、それがオチに効いてくる。その背後で、最初のWilliam Byrdによるルネサンス宗教音楽からレクイエムへと、やたら長く聞かされる音楽は、なんだかとっても不穏だ。

原題は始原的な恐怖。生まれつき持っているヘビなどに対する恐怖感のことで、ネコにもある。哺乳類の長い歴史の中で、たまたまヘビの形を嫌う個体だけが生き残るような恐ろしい時期があったわけだ。だが本作では、めっちゃこわいというほどの意味で、ロス・マクドナルドのハードボイルドもの「さむけ」に似たタイトルである。









(Filmarksのネタバレ機能は何度もクリックさせられて不便だから嫌い)



困るのは本作のレビューを見たら、いきなりエドワード・ノートンの演技が素晴らしい、みたいな感想を書いてる人がたくさんいたこと。おかげで、だいたいどんな話か、最初にわかってしまった。自分がどのくらいのネタバレを食らったのかもわからないから、それも気になって集中できない。それに吹き替えで観たのか、間違えている感想も多い。U-NEXTの吹き替えは、声だけチェックしたけど最悪だった。

だが、いい芝居に演出、カメラが加われば、そんなネタバレすらどうでも良くなる。なにしろ何度も見たくなるのだから。それが芝居の醍醐味である。たしかにエドワードノートンの最後の芝居はよかった。でもこの人、病人はハマるけどまったくヒーロー向きではない。特に声。いい役者と呼ぶには役柄のレンジが狭すぎる。とにかく本作は、なんといってもリチャード・ギアが魅力的に、魅力的なキャラを演じ、そのドッシリした地盤の上にトリックを載せたケーキである。この主人公に何か裏があるのでは?と全く思わずに見られるのはギアが優れてるからだ。弁護のプロセスで土地の問題なんかを掘り返したせいで友人まで殺されるという、完全なバッドエンドではあるが、いじめ甲斐のある主役だからカタルシスは得られる。

法律学校の先生が言ってたこと。①これからは、母親から愛してると言われたときであろうと、万事第三者の意見を仰げ(second opinion)、②正当な対価を得たいなら売春宿へ、むしり取られたいなら法廷へ行け。You want justice, go to a whorehouse. Wanna get fucked, go to court.
と最初のセリフから、えらく訳しにくいが、この映画はとても英語の勉強になると思う。
http://www.script-o-rama.com/movie_scripts/p/primal-fear-script-transcript-norton.html

ちょっと気になるのは、弁護士がなぜ依頼者を無罪にしないといけないのか、シナリオが正解を提示しないまま終わることだ。弁護士は悪者扱いされる、と主人公は言い、自分だけは被告人の味方をしたいという。だから元カノである女検事をも、弁護士に誘ったりする。しかし法律の技術的には、検事が有罪を目指し、弁護士が無罪を目指すという構造こそ重要なのであって、その綱引きによって平均的に正しい結果が得られる、というのが刑事裁判の眼目のはず。世間が弁護士を悪者扱いする、という事実そのものが、弁護士がいなかったら検証は十分になされないことを示唆する。「疑わしきは罰せず」という言葉があるのも、面倒だから、疑わしいだけで決めたくなる人間の本性の裏返し。必ず判明する真相があるという幻想を捨て、裁判こそが真相を作り出す作業なのである。スポーツの試合と同じだ。強い者が勝つのではなく、勝った者が強い。

ここから15年後のドラマである「リーガル・ハイ」では、このあたりを理解している主人公は本作のマーティンのようなことで悩まない(本当は真面目なところは似てる)。検察が立証に失敗したら、真犯人でも無罪になるだけだ。罪のない人が冤罪となることを減らそうとすれば、どうしてもそういうケースが出てくる。ただの合意に基づく不倫だったのに、あとで校長なので断れずに学校でセックスしたと女がいえば校長が強姦魔として余生を送る。不倫は犯罪ではないし、もし犯罪にしたら誰も結婚しなくなるだけだ。このように冤罪には、皆さん寛容なのだけど、自分がそうなる場合を想像すると怖い。冤罪を減らすための努力も、本当に交通事故を減らすための努力も、あまり皆の関心がないのは、被害者が少数派だからである(冤罪の場合、本人しか知らないままなので統計もない)。交通事故が、厳罰化で起こらなくなるはずがないべ。

あと、ビデオテープのラベルを貼り替えるシーンがあるんだけど意味がわからなかった。

最近の記事によればこの映画は、精神疾患の使い方が、今の感覚ではあまり良いものではないらしい。偏見を助長するということだろうか。実際には患者は出てこなくて、ただ優秀な犯罪者が出てくるだけ(この犯罪傾向にも病名はあるだろうけど)。
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