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人生はビギナーズのkomoのレビュー・感想・評価

人生はビギナーズ(2010年製作の映画)
5.0
主人公・オリヴァー(ユアン・マクレガー)は、75歳の父ハル(クリストファー・プラマー)から自分はゲイであるというカミングアウトを受ける。
ハルはその4ヶ月後に癌で命を終えてしまうが、余生は同性の若い恋人に恵まれ、いくつもの趣味に打ち込み、新しい友人も大勢できて幸福そうな日々であった。
父の死後、女優のアナ(メラニー・ロラン)と出逢うオリヴァー。
これまでの38年間女性に対して奥手なオリヴァーだったが、父の最期の4ヶ月間に感化され、今までの人生から少し踏み出してみることにした。

観終わったあとに宝物を得たような気分になる映画に時折出会うのですが、本作もそのひとつです。これを観てユアン・マクレガーが大好きになりました。
この作品は映像が時系列順になっておらず、父ハルの亡くなる前・亡くなった後・ひいてはオリヴァーの幼少期にまで遡った映像が、代わる代わる再生されます。
断片的な映像たちが入り組む様は、まるで人間の記憶そのもののよう。オリヴァーの大切な思い出を覗かせてもらっている気分になりました。

両親は本当に愛し合っているのかと、不安に思いながら過ごす幼少時代。
末期がんに冒された父の介護に苦労しながらも、彼の破天荒さとバイタリティーに驚く日々。
父がゲイであったという告白や、父の思い出話に耳を傾けてくれる女性・アナとの恋。
そして父の遺したジャックラッセルテリアのアーサーがいる生活。

犬のアーサーの心を、オリヴァーはなぜか知ることができます。アーサーの心の声は字幕で表示されるという演出を取っているのですが、これがまた素朴で愛らしい言葉ばかり。

オリヴァーに「僕と話して」と言われた時には、
"While I understand up to 150 words - I don't talk."
(150も言葉がわかるけど話せないんだよ)

オリヴァーとアナが親密になってゆく姿を見た時には、
"I hope this feeling lasts."
(この気持ちが続くといいね)

一人対一匹のまっすぐな会話シーンは、どれもとても温かいです。(アーサーのセリフはオリヴァーの空想や深層心理なのかも知れませんが、その曖昧さもまた良きです。)

臆病なオリヴァーはこれまでに女性と付き合うことがあっても、自分から別れを告げていました。そしてその度に言います。「うまく行かないとわかってた」と。
しかしそれは間違いで、実際にはオリヴァー自身が「うまく行かないようにしていた」のでした。

『うまく行く気がしないから、うまく行かないようにする』。
私はオリヴァーとは年齢も性格も境遇も違うけれど、それって自分にもあるなぁと共感できてしまう。

しかしどんな人間であっても共通しているのは、『今回が初めての人生である』ということ。
老いた人も若き人も、生まれた場所も育った時代も関係なく、その条件はみんな同じ。
人生がうまく行く保証がないのと同じくらい、『うまく行かない』と判断するのも難しい。なぜなら生きている私たちは、自分の人生を最後まで見てはいないのだから。
そんなことを教えてくれる人々に恵まれたオリヴァーは幸福だと思うし、この映画に出会えた私も幸せです。

また、この映画では所々に、オリヴァーが唐突に視聴者に対して語りかけるシーンが登場します。例えば、父の生きた時代の風景や風俗などを数多の写真で紹介したり。
その一連の流れもテンポが良く、大仰にもなりすぎず、登場人物の人生を更に色づかせてくれるような演出でした。
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