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バグダッド・カフェ<ニュー・ディレクターズ・カット版>のkomoのレビュー・感想・評価

4.0
ラスベガスへと向かうドイツ人旅行者のジャスミン(マリアンネ・ゼーゲブレヒト)は、道中夫と口論になり、自ら車を降りて砂漠沿いの道路でひとりきりになる。
砂漠を歩き続けた先に行き着いたのは、ダイナーとガソリンスタンドとモーテルを兼ねた【バグダッド・カフェ】だった。
そこの女主人ブレンダ(CCH・パウンダー)は常に機嫌が悪く、事ある毎に宿泊客であるジャスミンに突っかかる。
だが、ジャスミンが誤って持ち歩いてきた夫のトランクの中身が2人の道筋を変えてゆく。


【呼ばれた声の元へ、大荷物と共に】

10年振りくらいの再鑑賞。
率直な感想は……やっぱり少し退屈で眠い……(笑)
序盤から鳴り響く『コーリング・ユー』は大変名曲ですが、懐かしい響きの耳心地良い声に眠気を誘われてしまいます。
しかしラストシーンは10年前よりも今の方が味わい深く感じられ、観てよかったと心から思いました。
ジャンルは異なりますが、ビリー・ワイルダーの『アパートの鍵貸します』のラストシーンを観た後に近い気持ちでした。
人が心の壁を取り払って誰かに心を許すものの、それが表面に出ることはなく、素っ気ない言葉だけで終わるラスト。洗練されたセンスがなければ創れない結末です。

主人公ジャスミンは、冒頭で『夫と別れる』という重大な選択をします。それは紛れもなく、彼女自身の強い意志で決めたことです。
そしてラストシーンでも彼女にある選択が迫られます。
それを決めるのもまた彼女自身であり、その回答も明確なのですが、しかしその時の彼女の口からは、第三者の都合を慮る言葉が語られるのです。
しかしそれは、『他人の許可を得なければならない不自由』ではなく、
『他人に影響を及ぼす存在になれることの幸福』を描いているのだと思いました。

ジャスミンはかつての夫に妻として身を委ねていた時に、怒り、傷つき、人生の辛酸を舐めることとなりました。
しかし結末では、他者に身を委ねること、委ねられることの幸福が描かれ、コントラストになっています。
そしてジャスミンが幸福を掴むのに一役買ったのは、別れた夫の所持品でした。
どんな時でも人生は続いていて、苦い過去さえも砂漠の上にくっきり残る足跡なのだと教えてくれているようでした。
ジャスミンが大儀そうに引いて歩く大荷物さえも、このエンディングを観たあとでは愛おしいです。
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