ヨーク

ハズバンズのヨークのレビュー・感想・評価

ハズバンズ(1970年製作の映画)
4.1
名作との誉れ高いジョン・カサヴェテスの『ハズバンズ』初めて観たけどこれは確かに面白かったですね。いや結構な凄いものを観た気がする。
この映画、ストーリーそのものはいたってシンプルで、おっさんの仲良し4人組の中の1人が何らかの理由で亡くなってそのお葬式の場面から始まり、残された3人のおっさん共がその悲しみを振り払うように酒を飲んでバカ騒ぎをして暴れまわるというそれだけの映画なんですよ。140分という長めの上映時間の中でやるのはそれだけ。まぁ途中から舞台であるニューヨークからロンドンに移動したりはするけど、その先でもやることはといえば飲んでギャンブルして女引っ掛けてと、まぁバカ騒ぎをするだけである。
なのでストーリーらしいストーリーなんてない映画なのだが、これは中々に観応えがあるというか、どう捉えたもんかな、と思いながら観てしまう映画であった。というのも本作は1970年の映画なので50年以上前の映画ということになる。作中の描写なんかも当時と比べて現在だと色々とギャップがありすぎると思うんだが、今観ると2周ほど回って笑いながらまぁいいんじゃないかと思ってしまったな。というのもですね、本作で描かれる悪友3人組のバカ騒ぎというのが今現在(2023年)の基準で観たらいわゆる有害な男らしさ全開のノリなんですよ。面倒なので作中の描写を細かく説明したりはしないが。まぁセクハラやパワハラの嵐で他人の感想文を流し見しても、そういう主人公たちの言動に閉口したという感想が大半を占めている。また、俺は本作は最近やっていたカサヴェテス特集で観たのだが今現在本作を劇場でかけるということに配給会社の人もそれなりの意味を見出してはいたのではないだろうかとも思う。確かに本作は今現在生きている我々の目で観れば有害な男らしさを取り上げた作品に観えるし、1970年という半世紀以上前の時点でそのことを問題視していたカサヴェテスすげぇ! ということも言うことはできるだろう。
でもそれだけかな? とは思うんですよね。俺は本作は単なる有害な男らしさの映画ではないと思う。まぁそこは有害な男らしさ(かっちょよく言えばトキシックマスキュリニティ)というワードがさも最近流通した最先端の概念という風を装っているように思われているということも問題なんだが、それって別に最近できた考え方ってわけではなくて国や都市、いやもっと小規模な集落でもいいけど、そういった共同体の中では1000年前でも2000年前でもその時代に合わせた男らしさや女らしさといったものがあったはずなんですよね。そしてその弊害というものもあっただろう。まぁ何にせよ、男や女に限らず○○らしさというものは必ず集団の中でしか発生しえないものなんですよ。そしてその○○らしさというのはその集団の構成要素が欠けて集団として維持できなくなったら憐れなほど簡単かつ無残に崩れ去ってしまうものであり、本作はその様を描いている映画なんだと思うんですよね。
いつも仲良しでつるんでた男4人の内の一人が死んで、4人で構成していた私たちという世界が崩壊してしまった。とても以前のような「生活」には戻れそうもない。現代を生きる客にとって目につく有害な男らしさというのはその崩壊の混乱と悲しみの中で浮き彫りになってくる男性性にしかすぎなくて、それは本作のメイン被写体が男だから当然そうなるよなっていうだけのことでしかないと思うのだ。そんなことよりも観るべきは一つの集団が崩壊したときの人間の脆さだと思う。集団がある価値観や世界観を共有しているときにそれは強力な連帯感を生んで、国家のような大規模なものにその力を接続することができれば巨大なドライブを生むことができるが、それが途切れてしまったときにはその反動も非常に大きなものになるということではないだろうか。そういう集団の脆さに対する皮肉のように思える弱々しさには正直ちょっと笑ってしまうところがある。感想の最初の方で本作は50年以上前の作品なので現在と比べたら作中の描写にギャップを感じて云々、と書いたが本作が発表された1970年といえばベトナム戦争の真っ只中である。しかも反戦、厭戦ムードが高まってきていた時期だ。これは偶然ではあるまい。男だろうが女だろうが一つの集団が価値を共有してそこへ邁進していく時にはものすごいパワーが生まれる。だがその集団の結束は少しでもヒビが入れば笑っちゃうほどあっけなく崩れ去ってしまうものなのだ。
本作で描かれる男たちのバカ騒ぎはその崩壊の中での悲しくも愚かなヤケクソなダンスのように思えた。そういう映画だと俺は思いましたね。まぁ実際、俺も現代社会で生きてる人間なのでその価値観に照らし合わせれば作中の男共の言動は非常に不愉快で、うわー…ないわー…と思いながら観ていたんだけど、それ以外にも色々と思うところのある映画ではありましたよ。いや面白かったな。これはいいもんを観た。
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