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アメリカン・グラフィティのMOCOのレビュー・感想・評価

アメリカン・グラフィティ(1973年製作の映画)
5.0
「私を置いていかないで」

 ジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』を発表する4年前、大騒ぎで上映されたルーカスの作品で、新人監督が作り上げた恐ろしく完成度の高い作品です。『スター・ウォーズ』発表当初は『スター・ウォーズ』に肩を並べる作品だったのですが、巨匠が次から次へと話題作を制作することになりいつの間にか『スター・ウォーズ』と比較されることがなくなった少し寂しい映画です。

 ビデオの販売がまだされていなかった頃、友人の中でもロードショーで観た者はなく、テレビ放送で短縮版しか観たことがなかった私たちはTBSが深夜に放送した『名作洋画ノーカット10週』の最後の放送を飾った翌日は今まで観たことのなかった車の墓場の散歩シーンの話で大盛り上がりでした。ビデオデッキを持っていた私はもちろん録画したのですが、CMが流れたのは途中一回だけ、この大興奮の放送の裏側には映画に使われた音楽が多すぎて許諾問題で「ビデオ化は採算が取れないから出来ない」という噂があったのです。


 当時、このTV放映版のウルフマンジャックの吹き替えは桑田佳祐氏がしていた記憶があるのですが、残念ながら桑田佳祐氏がDVDでの使用を拒んでいるようです。


 明日、都会の大学へ向かって町を出る町の秀才カート(リチャード・ドレイファス)とスティーブン(ロン・ハワード)の二人と、後輩の冴えないテリー(チャールズ・マーティン・スミス)、落ちこぼれ?の走り屋ジョン・ミルナー(ポール・ル・マット)を軸にした若者の高校卒業式のあった日の一夜を描いた映画。

 町の期待を背負って奨学金で進学するカートは街を出ることを躊躇し、スティーブは恋人を捨ててエンジョイできる学生生活を夢見て・・・。
 たった一晩にそれぞれに起きる出来事は、人生を大きく左右しそれぞれを大人にしていきます。

 テリー(チャールズ・マーティン・スミス)は留学が決まったスティーブンが使わなくなる愛車を留学期間中預かることになり、車で町に繰り出し車に乗せたデビー(キャンディ・クラーク)とドラマチックな一晩を過ごすことになります。映画の中ではデビーのエピソードはとても愉快で笑わせてくれ、一番印象に残ります。

 ジョンは女友達に押し付けられた13歳のキャロル(マッケンジー・フィリップス)の背伸びにうんざりしながらも町を流し、家に届けるとボブ・ファルファ(ハリソン・フォード)に挑まれたレースのために町外れに向かいます。車の墓場の散歩シーンはジョンが嫌いながらもキャロルを連れて歩くシーンです。

 町を出たくてしょうがなかったスティーブンは別れを切り出したローリーがやけを起こしジョンに勝負を挑むボブ・ファルファのシボレーの助手席で事故に巻き込まれ「私を置いていかないで」という、せつない一言で留学を捨ててローリーのために町に残る決意をします。

 主人公のカートは不良グループ「ファラオ団」にからまれ、大切な最後の夜を「ファラオ団」の使い走りのように過ごすことになってしまうのですが、最後は「ファラオ団」に認められる活躍?をして解放されます。カートは白いサンダーバードに乗る美女が自分に何かをしゃべったことから白いサンダーバードを探すことに一夜を費やすことになり、町外れのラジオ局を訪ねサンダーバードの彼女に「会いたい」とラジオ放送してもらうことをお願いにいき、夜が終わる頃サンダーバードの彼女はカートの指定した公衆電話に電話してくるのですが、会ってくれることはなく・・・。

 他愛のない青春映画なのですが、マニアから借り出した磨きあげられたクラシッククカーとクラシックカーに照射(あて)られる巧みな光のマジックに魅了され、日本人でも知っている60年代のロックミュージックを多用したたことで、この映画のノスタルジックな感覚を煽り60年代を未経験の鑑賞者にまで、懐かしい感覚を植え付けているのかもしれません。

 この映画で端役だったハリソン・フォードは後に一番?の出世をしていきます。


 ビッグ・ジョン・ミルナーは1964年12月、酔っ払い運転の車との事故により死亡。
  テリー・フィールズは1965年12月、ベトナム戦争におけるアン・ロク付近の戦闘中に行方不明。
 スティーヴ・ボランダーは現在カリフォルニア州モデストロで保険会社の外交員をつとめている。
 カート・ヘンダーソンは作家となって現在はカナダに住んでいる。
・・・エンディングでメインのキャラクターを写真で登場させてその後を紹介するパターンが使われた初めての映画といわれています。

 噂は裏切られ今では劇場公開時よりもちょっとだけ長いバージョンのDVDが普通に店頭に並んでいます。
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