むぅ

残菊物語のむぅのレビュー・感想・評価

残菊物語(1939年製作の映画)
4.1
[乳母]警戒警報 無事解除

怖いて!
ここ最近『オーメン』を皮切りに映画内で出会う乳母、出会う乳母みな怖かった。ゆえに自分の中で[乳母]警戒警報が発令されていた。
溝口健二作品をいくつか観よう、そう思って序盤に今作を選んだのは、この乳母は怖くなさそう、というのがあった。
果たして、その目論見は成功した。


明治初期の東京
二代目尾上菊之助は、義弟の若い乳母お徳に芸の拙さを指摘される。義父の五代目尾上菊五郎の七光りにより、周囲から持ち上げられている事に薄々気付いていた彼は、お徳に信頼を寄せる。
それは恋に変わるが、2人の間には"身分"という大きな壁が。


言うべきか言わざるべきか、それが問題だ。

ご本人のために、指摘してあげるべき事というのは何とも言いにくいものであることが多い。
信頼関係が出来ていたり、仕事仲間であれば「よしっ」と自分を奮い立たせるが、微妙な距離感だとこれがなかなか難しい。正直なところ、出来れば言わずに通過したい。
最近そんな事で、ちょっと頭を悩ませる状況にあったので何だか響いてしまった。
お徳の伝え方が素晴らしかった。
相手の立場を思いやりつつ、柔らかく、でもしっかりと言うべきことを伝える。
それを受けた菊之助がまた素晴らしい。ちょっとくらいムッとしてもおかしくないと思うのだが、まぁ素直にその言葉を聞き入れて感謝する。
お徳の伝え方も学びになったが、私が見習うべきは菊之助だろう。生きていく上で増えていくのは年下の方。あの人には言っても無駄だと思わせてしまうような事のないようにしたい。
それにしても、何とも好感度の高い2人だった。
そしてその会話を、長屋を背景に歩く2人を下から見上げる構図の長回しで描く。
2人の表情は全く見えないけれど、穏やかな会話から2人の関係が進んでいくだろうと予感させる。
お互いの伝え方、受け入れ方がきっとこんなふうに涼やかに心に届いたのだろうな、と思わせる風鈴の音も良かった。

どの長回しも素晴らしいのだが、その場にいるような感覚になる奥行きが印象的だった。しかも奥行きが素晴らしいと感じるシーンはお徳がいることが多い。
彼女の菊之助は必ず成功するという期待や、深い愛情を構図で表せるものなのかと驚いた。
そして彼女はいつも画面の隅の方にいる。でも奥行きから見ると、彼女が2人の関係において先陣を切る役割を担っていたのがとてもよく分かる。

お徳のようにはなれないけれど。


言うべきか言わざるべきか、で悩む案件がもう一つ。
今作のFilmarksのあらすじ。
お徳から得た学びを思いっきり棚の上に放り上げて言うならば。
「え?どういうテンションで書きました?これ」

私にはお徳の思いやりや辛抱強さのカケラもない。
嗚呼、人生。
むぅ

むぅ