140字プロレス鶴見辰吾ジラ

ゴジラVSビオランテの140字プロレス鶴見辰吾ジラのレビュー・感想・評価

ゴジラVSビオランテ(1989年製作の映画)
3.2
粋な行進だね〜 ゴジラさんよぉ〜

冒頭は当時では精一杯であろうパソコンの画面からスタイリッシュを捻り出し、海外アナウンサーがゴジラの上陸と破壊で成れの果てと化した新宿を憂う。「死者に米国人はいませんでした〜いませんでした〜」とでも言いたげな張り付いた顔が不気味である。

そこから始まる秘密組織の介入により始まるズンドコ追走劇。ゴジラ音楽はもじられているが学芸会並みの異邦人諜報員の姿は石原さとみが演じても遜色ないであろう…

一気に興醒めしてゴジラ復活をまだかまだかと待ち続ける感覚はギャレゴジで鍛えたと思っていたが、鍛錬が足りなかった…

ズンドコ劇とは裏腹に博士の異常な愛情的な捻じ曲がった想いがギトギトと開花の瞬間を待つビオランテの山中湖でのお目見えは霧がかった湖面に幻想的。

そして三原山が大爆発し我らがゴジラの兄貴が割腹あるガタイを披露。スーパーXⅡの新装備に躓きながらも悠々悠々。

やはり今作の見どころは
ゴジラvs人間兵器
ゴジラvsビオランテの最終形態

大阪の街を燃やし、破壊し、我が物顔のゴジラの兄貴にはかないませんわ〜
ゴジラの生態には前作から踏み込みつつのとってつけた印象はあるが意味のあるロジック。土砂降りの中の決戦は男臭くて良い。

そしてビオランテのクライマックス造形とそれが猛進と進撃する様は鳥肌モノ。

ビオランテの産み落とされしわけも、博士の苦悩も初代への目配せと戦争が齎す殺しの技術の進歩を憂いている。

外人コント芸人のズンドコ追走劇は当時の人にどう映ったのだろうか?