ハル

アラビアのロレンスのハルのレビュー・感想・評価

アラビアのロレンス(1962年製作の映画)
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第一次大戦時、オスマントルコの支配からアラビアを解放に導いたイギリス軍将校がいた。英雄と祭り上げられた彼は果たしてどんな人物だったのか? その実像に迫る歴史スペクタル巨編である。

4時間近くもある作品だが、ただの戦争映画でもなければ伝記映画でもない。一人の人間が壊れていく様子を丹念に描いた作品と言っていい。

事実、ロレンスはアラビア解放という大義の中に生き方を見出そうとするが、国家のエゴに翻弄され次第に心を病んでいくのである。

そもそも、彼はどうして何もない砂漠などに魅せられたのか? それは、恐らく、彼自身の出生の秘密と大いに関係がある。牧師の私生児として生まれた彼は、心の中に大きな闇を抱えており、その闇を埋めてくれるものこそが砂漠だったのだろう。

「どうして砂漠が好きなのか?」と聞かれて、彼は「砂漠には何もないからだ」と答えている。ここに底の知れぬ闇を感じたのは私だけではあるまい。

普通の人間は何もない砂漠を美しいとは考えない。だが、画面いっぱいに拡がる砂漠を観ていると、彼の言うことが正しいような気がしてくる。

茫漠と拡がる砂漠は人間が引き起こすあらゆる闘争と無縁である。何もないからこそ美しいはずだったのに、そこは醜い争いの舞台となり、累々と折り重なる死体で埋め尽くされ、夥しく流れる血で汚れていく。そして、それを目の当たりにした男は絶望の極みに立たされ、ついには壊れてしまうのである。

考えてみれば、これほど残酷な映画もない。

歴史の大きなうねりは一人の英雄を必要としたが、同時にその英雄を破滅させてしまわなければならなかった。すべてを失った彼には帰る場所などない。そして、行き場所を失くした魂は、何もない砂漠の上を永遠にさ迷い続けることになる。

4時間にも上る時間の中で、歴史が大きく動いていく瞬間と人間の心がうつろう様子を、同時に見ていたような気がする。
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