ハル

ファーザーのハルのレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
4.0
認知症をテーマにした映画を撮る時、普通なら第三者の視点で描きそうなものだけれど、この映画の場合、認知症患者の頭の中がどうなっているのかを、認知症患者の視点から描いている。認知症の人は記憶が混乱していて、前後関係や時系列にまとまりがない。そういうものを映像として見ていると、こちらまで次第に混乱してくる。つまり、これは、認知症を追体験する作品ということになる。

自分の家に誰か知らない人が唐突に現れる。しかも、その人は自分のことを知っているのに、肝心の自分はその人が誰なのかまったく分からない。それは、ある意味、ホラーである。しかし、この作品の本質はそんなところにない。

この映画が我々に突きつけているのは、たった一つのシンプルな現実だ。

「忘れてしまうことは恐ろしい」という現実である。自分のお父さんやお母さんがある日、突然、自分のことを忘れてしまう。そして、彼、あるいは、彼女は、息子や娘や孫のことばかりでなく、自分自身のことさえも忘れてしまうのである。この世の中でそのこと以上に残酷で悲しいことはない。80を過ぎた老人が幼児に退行していく様子を見せられるのは、ほとんど拷問に等しいことだった。
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