平野レミゼラブル

レベッカの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

レベッカ(1940年製作の映画)
3.8
【見えぬ女とクソデカ感情】
≪N.E.M.新録版鑑賞感想≫
(2020/9/12鑑賞)
■キャスト
わたし:早見沙織
マキシム・ド・ウィンター:三木眞一郎
ダンヴァース夫人:宮村優子
https://twitter.com/NEMofficial3/status/1253658882053820416

ヒッチコック製作のミステリーサスペンスで、主人公が名無しで「わたし」ね……ははーん、なんとなくわかってきたぞォ…!とかなんとか思っていたけれど、そこは別に関係なかった。いや、でもしっかりした作りで面白かったです。
開幕邪推が光りましたが、本作もまた名作洋画新録プロジェクト「New Era Movie(N.E.M.)」の第6弾として鑑賞。現段階で製作されたN.E.M.映画はこれで全て鑑賞したことになります。来年には第7弾としてガンダム声優による『カサブランカ』が公開予定だそうですよ。

僕がこれまで観てきた作品の中ではダントツで古く、なんとこれ戦前の作品なんですね。そりゃ画面は白黒だし、演出とか空気感も古い雰囲気はあるけれども、作品の内容自体はいつ見たって面白いと言い切れる出来。ヒッチコック作品は『裏窓』しか観ていませんでしたが、やはりサスペンス描写も巧みですし、二転三転して先の読めぬ展開には月並みな言い方ですがハラハラドキドキしました。

冒頭、かつては美しかったというものの今は荒れ果ててしまった大邸宅マンダレーを回想しつつ、閉ざされた門をまるで幽霊のようにすり抜ける存在が屋敷に近付いていく映像から不穏感満点。「屋敷に何があったのか?」、「存在しない何かがいる?」、「主人公の筈の『わたし』の身にも何かがあった?」といった数々のフックを提示して興味を惹かせます。
しかし、その後30分に渡って続くのは単なるラブロマンス。お金持ちの付き人に過ぎない「わたし」と、マンダレーの主で前妻レベッカを亡くしたばかりのマキシムの身分違いの恋が続いて話がどこに繋がっていくのかわからなくなります。
前半と後半でガラッとジャンルが変わる映画ってのもこの頃からあったんですね。正直、このラブロマンス自体がもう前世紀なこともあり古臭さは感じますし、そこまで面白いわけではないのですが、「わたし」が一番夢見心地だった頃として後半との対比となるため必要なものではあります。

本作のメインを飾るのは何と言ってもマンダレーに入ってからのパート。ただでさえ身分違いの妻ということで、あらゆる屋敷の伝統というものに慣れず悪戦苦闘する「わたし」。やがて屋敷のあちこちに前妻レベッカの影があることに気が付きます。何をするにしても「レベッカ様はそんなことしなかった」と家政婦長のダンヴァース夫人は突っかかってきますし、レベッカに倣おうとしてもマキシムの前でレベッカの話題はNGというようにその扱い方にも妙なバラつきが。
華やかなりし屋敷のあちこちに落とすレベッカの影などは、やはり白黒映画であるが故の演出です。

タイトルに『レベッカ』を冠し、作中でも何度もその名は出るにも関わらず、回想含めてレベッカが一度も姿を現さないというのは、もう既に言い尽くされているでしょうがやはり凄い。姿を現さない怪物が最も恐ろしいというところでしょうか。登場人物それぞれによってその印象が異なり、そして「わたし」に対する影響力が日増しに強くなる正体不明の存在感ったるや。

姿を現さないレベッカの代理人たるダンヴァース夫人は反対に見える怪物が故の脅威です。気が付いた時には傍にいるという神出鬼没さ、頑なに表情と口調を閉ざし何を考えているかわからない無機質さ、それでいながらレベッカのこととなると嬉々として喋り出すという狂信的側面……全て姿あるが故、今そこにいる人間であるが故の恐ろしさ。
伝え聞く話から見えてくるレベッカ像はどうにも奔放で快活なイメージのため、ダンヴァース夫人と性格が合うような気がしないのですが、彼女はそれでもレベッカを心酔しており、そしてその理由も不明瞭というちぐはぐさが奇妙です。このアンバランスにも思えるクソデカ感情こそ、彼女の人間味であり、そしてそれは同時に何をやらかすかわからないという恐怖にも繋がっていきます。

終盤になると、前妻レベッカの死に対する謎が提示され、その真実を探っていくというミステリー(法廷)パートも見せるなど、最後までジャンル不明な面白さは持続。ラブロマンス→サスペンス→ミステリーと物語の様相は変わっていきますが、その中で「わたし」の成長をも差し込んでくるというのが贅沢です。
マキシムが「36歳にならないでくれ(少女のままの君でいて)」と懇願するのに対して「ド・ウィンター夫人」を名乗り、これまで少女と侮ってきたダンヴァース夫人…引いては影に潜むレベッカと対決の意思を示すのが象徴的。
そして、圧巻の謎解きと衝撃のラスト……

声優は何と言っても今回特に好みの人が揃っていて、そしてやはりイメージピッタリなので文句のつけようがありません。
「わたし」役の早見沙織はどこか夢見心地な感じと凛とした声の両方のイメージがあるため、36歳になる前後の演技の変化がやはり面白い。これはN.E.M.新録版で最初に観た『ローマの休日』のアン王女(南條愛乃)と同じ感覚ですね。さらに言うと、みさおさんは古典的な作品の雰囲気にもそぐう声質でもありますかね。
そして、マキシム役のミキシンはもう声質がThe貴族って感じなんで、そりゃもうピッタリ。補足するならば、穏やかな声色の中にちょっと怒気を含んだ時にビクッとくるところがあるため、わたしちゃんが「レベッカ」という特大の地雷を踏んだ時のやっちまった感がより強く出て、サスペンス的な盛り上がりが増していましたね。
意外性で言うならダンヴァース夫人を演じる宮村優子!エヴァのアスカやコナンの若葉の印象しかなかったため、それらとは真逆とも言うべき機械質な声にはビックリ!機械質と言っても上に貼ったプロモ動画を観てくれればわかりますが、レベッカへのクソデカ感情を発露させている時には仄かにその感情を乗せている人間味もあるのが良いです。


古典的な作品ではありますが、そのプロットの斬新さやグンバツのサスペンス、それらを際立たせる役者陣の演技と現代に色褪せることない要素によって不朽の名作となっています。
というか、N.E.M.の作品全てが普遍的な名作ではあったので、こういう機会があって本当に良かったなァ。今後も各地で上映はしていくそうなので、近くで行われるようでしたら是非足をお運びになってみてはいかがでしょうか。

オススメ!!