彦次郎

バグダッド・カフェ<ニュー・ディレクターズ・カット版>の彦次郎のレビュー・感想・評価

3.8
砂漠にある廃れたモーテル「バグダッド・カフェ」に現れたドイツ人女性ジャスミンが女主人ブレンダを始めとする人々と交流していくことで影響を与えていくドラマ。
夫と別れて荷物を取り違えて暇を持て余しているとはいえ許可も取らずに大掃除をしたりウエイトレスしたりと店員の如き居座る様は解釈違いではホラーになりかねませんが、ふくよかな彼女がブレンダの孫にあたる赤ん坊をあやしたり絵のモデルになったりする母性がその要素を除去しています。もっとも店員がハンモックで眠りこけたりコーヒーマシンも取りにいかずに逃げだす夫や勝手に客の部屋に入り服をあさる娘がいるという経営以前にヤバい店なので違和感がないのもあるでしょう。
異邦者が現れて正の影響を与え変革していくというのは話としては王道ですが本作は過剰に成功や失敗を描いているのではないのが良かったです。淡々としていますがそれ故にジャスミンが手品を上達させることで店に希望と明るさをもたらす終盤にもその点が現れています。個人的にはブレンダがやけにエンターテインメント性を発揮していて(ネタバレになるので本編参照)ギャップに驚いた次第。
さて本作で特筆すべき人物は2人。
1人はジャスミンの夫。序盤でジャスミンを探しに「バグダッド・カフェ」に来て立ち去ってしまうのですがそれ以降登場はおろか名前すら出てこないモブっぷり。「過去や未来などなくただ現在があるのみ」という文豪トルストイの言葉を実践しているようなジャスミンの前向きさが感じられます。
もう1人は女入れ墨師。終盤に「仲がよすぎるわ」と告げて去る訳ですが、これは廃れていた「バグダッド・カフェ」が悪というものでもなく、その状況を好んでいた人もいるという一見すると成功=ハッピーという単純な図式でもないことを示唆しているようにも思われました。

余談。
2023年では想像しがたいですがその昔(1993年頃だったか)にイギリスではヒット曲を集めたコンピレーションアルバムが流行しており輸入という形式で日本版『NOW』が販売されました。その中の1曲に暗くも美しいメロディと心地よい歌声が飛びぬけて印象に残ったのですがそれが本作のテーマ曲でもある『コーリング・ユー』だったのです。その曲が映画主題歌と知りビデオ鑑賞したのが本作との出会いでした。その時は地味な話くらいにしか感じませんでしたが時を経て鑑賞すると味わいのある作品でることが分かり改めて感銘を受けました。
彦次郎

彦次郎