円柱野郎

必死剣 鳥刺しの円柱野郎のネタバレレビュー・内容・結末

必死剣 鳥刺し(2010年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

物語の冒頭、重厚な能の舞と共にテロップで表示される登場人物の名と肩書き。
個人的にテロップで説明を済ましてしまうなどというのは演出のタイマンだ!と思う人間なので、一見「なんだこりゃ」と思ってしまいました。
が、その直後起きる大事件。
まさか、主人公がいきなり側室を斬って捨ててしまうとは!
そこまでの台詞を最小限にしたことで逆に空気感と衝撃度が強くなり、俺自身すっかり話に引き込まれ、この見せ方をするなら登場人物をテロップで示したのも納得した次第。
見事な導入ですね。

さて衝撃の冒頭が終わり話が進むと、「何故兼見は側室を斬ったのか」ということが回想と共に明らかになってくる。
理由は藩への憂いがさせたことと理解できるし、妻と死別しもう守るものもない男の捨て身の行動でもある。
だからこそ、次第に妻の姪からの思慕によって生きる事への執着を得ていく主人公の変化がドラマになるんだけど、過去に死を求め藩政のために藩主の側室を斬った主人公が、今では生きる糧を得た主人公が、藩政を憂いて藩主を斬りに来た刺客から藩主を守るために戦うことになるなんて…。

政道を思えば排除されるべき相手は自明なのに、仕官の身であれば守るべきは藩命。
上に立つ者としての器は、現藩主ではなく藩主別家の侍であるが、その侍自身が藩主の命を狙う刺客であるという現実。
クライマックスはあたかも過去の自分との対決のようでもあって、なんという運命の皮肉。
いや、でもそれがこの話の一番の見所であるし、その義と忠の間に挟まれる姿が藤沢作品らしい空気感を出してもいるのですが。

全体的に作品の雰囲気は落ち着いていて、正統派な時代劇といった印象。
兼見役の豊川悦司はキャラクターに合った想いを抱えた雰囲気を出しているし、姪役の池脇千鶴の所作は見ていて気持ちが良い。
逆ベクトルのキャラである側室役の関めぐみは、これがまた人間の嫌な感じが良く出ていて、斬って捨てられるのもむべなるかなと思わせる演技。
他の出演者では、主人公の上役である岸部一徳は演技巧者であるから今更言うまでもないけど、個人的には別家役の吉川晃司が出すオーラが見事で感心しました。

配役や作りで若者の観客にこびなかったことが、この映画を正統で落ち着いた時代劇という評価に繋がったと思うけど、そうであれば尚のことエンドクレジットで流れた歌の選択が惜しまれます。
単純に時代劇というこの映画のイメージには合ってないと思ってしまったので…。
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