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フレンジーのsleepyのレビュー・感想・評価

フレンジー(1972年製作の映画)
4.5
水を得た魚 ****




Frenzy 72年、UK, 116分.

テムズ川の空撮から幕を開ける本作。ヒッコックが生まれ育ったロンドンで撮影し、水を得た魚のように語り上げる快調な1本である。「女性ネクタイ絞殺魔」が街を席巻しているロンドン。ある日、テムズ河に女性の絞殺体が流れ着く。

物語の軸は2人の男。友人どうし。1人がその犯人として警察に追われる。そしてもう1人は彼をかばうのだが・・・。果たして彼は犯人なのか?・・・ と書くとwho done it?モノのようであるがそうではない。つまり、ヒッコックお得意の、罪を着せられた男の逃亡劇(たとえば、『逃走迷路』『私は告白する』『北北西に進路をとれ』『間違えられた男』『泥棒成金』などがある)。一方で、犯人の男が繰り返す変質的犯行、その異常さを見せつけるスリラーでもある。犯人の二面性と迫真の演技で強烈な印象を与える。カット・バックをうまく使っている。

これまでの(アメリカでの)ヒッコック作品と違うところがいくつかある。主な登場人物(男も女も)に誰一人有名どころの映画スター(および美男美女)を配していない点。これがうまくいった。これがこの映画に生々しさとリアリティを与えている。すなわち主人公が冤罪を晴らすのであろう、という着地感・安心感が少ない。

ヒッチにしてはロケ撮影が多いことも同じく生々しさ・リアリティの生成に寄与している。「恐怖の都」ロンドンを選んだことは正解であった。ロンドンの有名なコヴェント・ガーデン(野菜・果物の卸売市場で有名な地域。商店・パブ等が多くにぎやかなところであるらしい。1974年にロケ地の市場は移転されたようだ) が舞台・ロケ地だ。このコヴェント・ガーデンは、死体発見OP場面の対岸から北に少し入ったあたり、テムズ左岸(OP場面は、旧市庁舎(County Hall)前である。テムズ右岸。向かいにイギリス議会が見える)。カメラは猥雑な空気をうまく切り取る。
そして逃亡劇といっても『北北西に進路を取れ』『逃走迷路』のような広い空間移動を使わず、ミニマムに物語を進めている。金もスキルもない男が逃げるのだから説得力がある。本作は、ミステリー(誰が犯人か?)→ショッカー(犯行・プラス異常性)→サスペンス(逃亡劇・冤罪はらし)と転がっていく。

犯行場面では繰り返し、ストップ・モーションが使われている(スロー・モーションではない)。また、最初の犯行はすべて見せ、犯行2回目はある台詞が繰り返されるのみで、まったく観客の創造に委ねている(招き入れた2階の部屋の扉からカメラはゆっくりと後ずさり、歩道まで出ていく。この場面はステディカムのないこの時代にどうやって撮ったのだろう)。こうやって表現を変え、2回目の犯行以降は1回目を見ているだけにゾッとする。

他方、恐ろしい殺人劇をうまくユーモアの衣に包んでいるところが面白い。OPの音楽が何とも優雅で楽しげ。以前の盟友バーナード・ハーマン(『めまい』『サイコ』等)ならこんなことは許さないだろう。議院が河辺で演説をしている。「テムズ河は長い間に汚染されてきましたが、これからは鳥が遊び、ゴミの浮いていないきれいな河になるよう、政府で取り組みます!」。そこへ流れ着く絞殺体。

中盤にも不謹慎ながら笑ってしまう(がよく考えれば冷酷な)シーンが。犯人が被害者をジャガイモの運送トラックに積むが思わぬことから、イモまみれ、手をかけた被害者に翻弄されるシーンはこれからの鑑賞者のためにくわしくは触れない。

逃亡者を描く一方で、追うスコットランド・ヤードの主任警部の夫婦の描写が一服の清涼剤となっていてニヤリとさせられる。しかしいいキャラクターの奥さんだなぁ。あの料理は勘弁してもらいたいが。それを受ける警部の芝居もウマい。笑える。最初の登場シーンでソーセージ、目玉焼き、トーストをうまそうに食べていたのは、この伏線だったのだ。

キャスト、脚本・撮影に触れておく。主要キャストのほとんどはイギリスの名バイプレーヤーたちだと思われる。主演の、逃げるジョン・フィンチはポランスキーの眩惑的傑作『マクベス』でタイトルロールを演じた。本作と『マクベス』で映画史に名を残す。そして主人公をかくまうことに反対する、主人公の友人の奥さんは、あの『オーメン』(1976)でミセス・ベイロック(子守り)を演じたビリー・ホワイトローであった。警部役は日本でいえば橋爪功であろう。

元戯曲(原作は別らしい)・映画脚色のアンソニー・シャーファーはイギリスの劇作家、脚本家。未マイケル・ケイン、ローレンス・オリビアの大傑作『探偵スルース』(1972)や『ナイル殺人事件』も脚色した(ちなみに双子の弟のピーター・シェーファーはあの『フォロー・ミー』(この映画もロンドンの描写が見事であった)や『アマデウス』の原作・脚色をしている)。
撮影監督はギル・テイラー。代表作に『博士の異常な愛情』『反撥』『袋小路』『マクベス』『オーメン』『スター・ウォーズ・エピソード4』など。

ラストはあざやかな幕切れで。ガッタゴットと運んでくるトランクが怖い。なお、『フレンジー』とは、狂乱、激昂、精神錯乱という意味。前2作で亡命、国際謀略を扱い、『引き裂かれたカーテン』ではニューマン、ジュリィ・アンドリュースというスターを使ったヒッチが、原点に立ち返り、ロンドンでコンパクトに撮り上げた本作をお楽しみください。ヒッチはリチャード・フライシャーの『絞殺魔』を意識して本作を撮っていたのかなぁ・・。なお、ヒッコックはこれに先立ち、自ら『疑惑の影』『ロープ』『見知らぬ乗客』『サイコ』で異常犯罪者を扱っている。『ロープ』(1948)は、スチュアートというスターが出ている点、アメリカが舞台、ユーモアが少ない点は異なるが、本作とどこかしら似ている。
女性のみなさん、「きみは好きなタイプだ」という男に用心を。
なお本国の予告編はヒッチ自身が出ているのだが笑ってしまう。こんな予告編みたことない。tubeなどにUPされているかも。

★オリジナルデータ
Frenzy 72年、UK, 116分、オリジナルアスペクト比(もちろん劇場上映時比を指す)1.85:1(ヴィスタ、Spherical)、Color, Mono, ネガ、ポジとも35mm
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