タケオ

レスラーのタケオのレビュー・感想・評価

レスラー(2008年製作の映画)
4.4
 80年代はミッキー・ロークのキャリアの絶頂期だった。『ナインハーフ』(86年)への出演をきっかけに脚光を浴び、『エンゼル・ハート』(87年)のヒットによって人気スターとしての確固たる地位を確立。「世界一セクシーな俳優」として、世界中の女性を虜にした。そんな中ミッキー・ロークは、91年に突然プロ・ボクサーへと転身。多くのファンを驚かせた(「猫パンチ」や「八百長」など、ボクシングのファンたちからは散々な言われようだった)。94年にボクシングを引退し、俳優として復帰しようとしたミッキー・ローク。しかし、度重なるボクシングの怪我の整形手術によって、80年代に世界中の女性を虜にした甘いマスクはすでに崩壊しており、俳優としての復帰への道は極めて険しいものとなった。仕事と呼べるような仕事はほとんどなく、妻とは離婚し、家賃を払えず持ち家を手放すこととなり、酒に溺れ、遂にはトレーラーハウス暮らしに。ダーレン・アロノフスキー監督に本作『レスラー』(08年)の主人公としてフックアップされるまで、ミッキー・ロークはドン底状態だった。『レスラー』は、そんな彼の復帰作なのである。
 『レスラー』のプロットは『ロッキー』(76年)に代表されるような王道中の王道のものだが、主人公のランディ”ザ・ラム”ロビンソンというキャラクターにミッキー・ローク自身の実像が重なるからこそ、他の作品とは異なる深い味わいが生まれている(もちろん『ロッキー』もシルヴェスター・スタローン自身の実像が反映された作品だが、シルヴェスター・スタローンとミッキー・ロークのキャリアの在り方には決定的な違いがいくつかあるため、作品がもたらす味わいもそれぞれ全く異なるものである)。「80年代の音楽は最高だった。でもニルヴァーナが登場したせいで、90年代はグランジばかりが流行るようになっちまった。最低だよ」と、ランディが酒場で呟く。ランディもミッキー・ロークも80年代に絶頂期を迎え、そして90年代に低迷期に突入してしまった元人気スターだ。この台詞はランディの本音であり、そして何よりもミッキー・ローク自身の本音だろう。どれだけ人気が低迷しようとも、どれだけ体に限界がこようとも、レスラーとしての生き方以外の道を見つけることができないランディ。側から見れば滑稽ではあるが、「でも、俺にはこれしかないんだ!」と不器用な生き様を貫こうとする姿が涙を誘う。「でも、俺にはこれしかないんだ!」と叫ぶ映画は、常に涙を誘うものだ。
 死ぬと分かっていながらもリングに上がり、ファンの歓声を求めて血を流すランディ。そんな彼の姿を、ゴルゴタの丘で十字架にかけられたイエス・キリストと重ねて論じることもできるだろう。でも、僕はそうはしたくない。俺は救世主でもなければ、生贄に捧げられるだけの羊(ラム)でもない。「俺は死ぬまで'レスラー'なんだ‼︎」と、ランディは叫んでいたのではないだろうか。『エクスペンダブルズ』(10年)『アイアンマン2』(10年)『インモータルズ-神々の戦い-』(11年)など、『レスラー』以降もなんとも微妙な作品への出演が目立つミッキー・ロークだが、そんなことはどうでもいい。レスラーとしてしか生きられない男ランディ"ザ・ラム"ロビンソンとして、ミッキー・ロークはこの先も僕の中で輝き続けるのだ。
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