140字プロレス鶴見辰吾ジラ

映画 けいおん!の140字プロレス鶴見辰吾ジラのレビュー・感想・評価

映画 けいおん!(2011年製作の映画)
3.8
【完全なる箱庭】

祝☆梶裕貴&竹達彩奈☆
ご結婚おめでとうございます!

と、言うことで
竹達彩奈さんのベストキャラと言っても過言ではない、あずにゃんこと中野梓の映画である「けいおん!」の劇場版を鑑賞。

以前、ライムスター宇多丸のシネマハスラー時代に取り上げられた本作ですが、あのときの評を聞いたときよりも見てきた作品が増えたこと、映画経験が増えたことで、荒れ狂う新世代監督山田尚子&脚本吉田玲子の快楽を味わえたことに加え、これはルパン三世の「カリオストロの城」であり、あずにゃんはクラリスだったのでは?と悶々と思ってしまった次第。

そもそも「けいおん!」の世界は完全なる箱庭であり、中野梓という後半の存在は「箱庭の破壊者」に他ならない。時の流れが前に進むことを知覚させてしまい、彼女たちの完全なる日常にタイムリミットを用意してしまった。だからこそ劇中の逆回りすれば時が戻るような「円環構造の理想」が仕込まれている。ストーリーは青春のモザイクアートのようにロンドン旅行や卒業式、ギャグ的な崩しで始まる用意された娯楽としてのライブと間延びしてしまい集中力を切らせてしまうが、何よりも本作は「けいおん!」のキャラクターを卒業させることにより箱庭の終焉をもたらすセンチメンタル的なお涙頂戴を飛び越えて、タイムリミットの先に唯や澪、律や紬を同じ大学…いや、「大学という鳥籠」へと誘いそして閉じ込めてしまったのではないか?そしてあずにゃんを観測者としてその箱庭に完全にリンクされることのない立場から彼女たちを見送る側だったのではないか?と思えてきた。

出来過ぎた話が出来過ぎていることは大人の事情と斜に構えて納得しようとした自分もいたが、本作から感じたのは「けいおん!」というシリーズのキャラクターたちがバラバラな進路を行き、自由な空へ羽ばたくことを恐れた意志のようなものが、それはクリエーターやファンなのか?同じ大学というちがうベクトルのデッドエンドで永遠と箱庭世界の住人にして「終わり」を迎えたのでは?と思った。あずにゃんはその箱庭の世界を後半という立場で観測したある種の主人公で、この後に決定的な継承なしに過ぎたあの日の思い出を思い出せる存在として、一方唯たちは鳥籠の中で完全なる世界の住人として円環構造の中に取り込まれた存在、「カリオストロの城」でクラリスを抱きしめずにまた盗みの世界で追いつ追われつのキャラクターの箱庭へ向かっていたように思えてしまった。

作画が織りなすアニメーション的快楽は日常で魅せるグダグダやユルユルな描写の徹底的な追求にて彼女たちの実存性を信じさせるにたる魔法とそして宗教的な信用力を与えていたのは言うまでもない。