ryosuke

臨死のryosukeのレビュー・感想・評価

臨死(1989年製作の映画)
3.6
長回しで延々会話を映し出すという、個人的にはワイズマンのあまり得意では無い方のスタイルでの六時間であり、題材も相まって正直キツくはあった。ワイズマンは映像スタイルとしては、人物や動物、機械等の動きをテンポの良い編集で映し出すものの方が好み。題材が題材なのでワイズマンのユーモアセンスもほぼ出てこない。患者の上に無造作に荷物を置く看護師のシーン(唯一劇場に笑いが起きていた)ぐらいだろうか。合間合間に挟まれる外観、自動車のショットや清掃の人たちの描写が清涼剤になるのはいつも通り。序盤は衝撃であったことに慣れていく自分が、死が日常にある医療従事者の感覚を追体験しているのではないかと思ったりした。
「死」という強烈な題材は数多の劇映画で描かれ、題材になってきたが、本作を見るとドキュメンタリーの圧倒的なリアルの前に劇映画は太刀打ちできないなと思わせられる。
ただでさえ苦しい状況の中で、患者とその家族は厳しい現実を詳細に説明され、時に自らを、最愛の家族を死に追いやることになる決断を迫られ続けることになる。特に一人目の患者の、絶望的な状況を突きつけられ絶句する表情がショッキングだった。
「あなたこそが臨死のエキスパートだ」という医師のセリフにもあるように、終末期の患者を取り扱う医師にとっても面前に迫った自らの死と格闘するということは未経験であり、急遽その道の「専門家」にされてしまった患者との共同作業で人生の終幕のあり方を探っていくことになる。
廊下で話し合う医師と家族の間から、病室で一人横たわる患者が見えるショットなどシンプルながらインパクトがある。
ある患者の妻の、メンタルが弱っていても安定剤を飲みたくない、この状況をそのまま感じたいというセリフも印象的。ありのままの自分の感情、感覚とは何なのか、外部からの刺激から独立したそれなどあるのか、死という未知を前にして皆哲学的な領域に踏み込まざるを得なくなっていく。「存在している」だけで「生きている」訳ではないという家族のセリフや、医師の「意味ある生」についての思考も答えの無い領域での格闘として現れてくる。
シシフォスの神話を思わせるような医師の嘆きも印象的。彼らの仕事を勝利のない戦いであるというように表現するシーンも、医師たちの無力感が伝わってくる。そもそもいずれ死ぬのに何故生きる必要があるのかという誰でも考えるような問いが先鋭化し、剥き出しのリアリティをもった形でそこに存在している。
主治医のジョージ(延命治療に積極的であるらしい)がいない間に話を纏めておこうなどと言う医師たちの様子が印象的(撮られてるのに後で遺恨とか残らないのだろうか)。終末期の患者の処遇が院内での政治的、人間関係的な事情に左右されることもあるのだろうか。
ジョージが患者に処置の方針について質問すると、手術を拒否していたはずの意思が不明瞭になることについて、観客は最初はジョージのせいで患者の意思が歪められているのではないかと思わせられることになる。彼が間をおかないで質問することについて批判する看護師の描写から、ケアのプロと医師との違いが浮かび上がる。しかしその後別の医師が質問してみても、患者は結局ジョージに対してしていたような反応を示すようになり、最後には手術を受けることを決定する。意思などというものの不確かさ、その意思を誰が汲むことが出来ているのかも分からない混沌とした状況がそこにある。体が弱っており反応も明確ではないことに加えて、患者がその夫の希望を慮っているという要素も加わり、事態は複雑さを極めている。
看護師会議での脳死にまつわるディスカッションも面白い。ショックを与えないようにクッションを挟む目的で、まず脳死、続いて死、というように家族に伝えているが、それが誤った希望を与えているのではないかという議論が為される。脳死の段階ではっきり「死」と伝えることが結果的に良いのではないかという議論から、ケア労働の繊細さを思い知らされる。「彼は私の生命なの」と泣きじゃくる患者の妻の膝元に座り込み、彼女の足をさする看護師の姿は聖性すら感じられる。
ワイズマンお得意のさっきまで生きていた動物が唐突に「部品」になっていく描写(「肉」「霊長類」「メイン州ベルファスト」等)は、本作でも解剖という形できっちり登場し、人間も例外ではないことが分かる。
医師が深刻な会話の中で時折笑うのも印象的だった。感じが悪い訳でもなく、彼らも多分面白い訳ではないのだろうが、とにかく笑うんだよな。
英語圏では植物人間のことをvegetableと表現したりするんだな。
しかし毎日毎日死の恐怖やそれが齎す虚しさを感じながら、たまにこういう作品に触れて一層死に際のイメージを鮮明にしたりしているのは自分にとって有益なのだろうか...いつか毎日の「準備」は無駄ではなかったと思えるような瞬間は来るだろうか。
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