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女の香りのFilmomoのレビュー・感想・評価

女の香り(1968年製作の映画)
4.0
①キム・ノヴァクの1人2役といえばヒッチコックの『めまい』。その10年後に再び1人2役で彼女が出演したのがロバート・アルドリッチの『女の香り』。これは映画製作の世界を舞台にした心理劇で、ノヴァクは製作する映画の中で、自死した女優を演じる新人女優という役を演じている。そしてこの2本は奇妙に繋がっている(が、そこはネタバレになるので書けない)。「演者を演じる」ということで思い出すのは澤井信一郎監督の『Wの悲劇』で、この映画では薬師丸ひろ子が劇団の研究生三田静香を演じているが、この「演者を演じる」構造が面白かった。薬師丸ひろ子という人格をAとし、Aが演じる劇団員静香をA-1、その静香が演じる人物をA-1-1、その人物が演じる人物をA-1-1-1・・・という風に記号化していくと、静香は、看板女優三田佳子のスキャンダルの身代わり役というA-1-1を演じ、それを演じながら劇中劇のヒロインA-1-1-1を演じるが、そのヒロインも真犯人の身代わり役A-1-1-1-1を演じるのである。『Wの悲劇』では、こうして演じる対象が直線的に深化していく。一方『女の香り』では、ノヴァク演じるエルサという新人女優は、自分そっくりなライラという死んだ女優の伝記映画の主演を演じることになる。エルサはA-1、ライラはA-1-1となるが、ライラは映画女優なので、様々な役を演じている。エルサがライラの映画を試写室で観る場面が出てくるが、この時、エルサはA-1でありながら、スクリーン上のライラA-1-1に重ねて同じ台詞をつぶやく。つまりそこでエルサはライラを演じて見せるのである。だが同じ空間にあるスクリーンでもライラA-1-1は別の人物A-1-1-1を演じている。つまりエルサが台詞まわしで演じているのはライラA-1-1ではなく、ライラの演じるA-1-1-1なのである。このようにこの映画では『Wの悲劇』のような直線的指向ではなく、飛躍的指向で「演者を演じる」のである。②さらにエルサはこうした「演じる」という行為によってエルサA-1という人格からライラA-1-1へと変貌していく。彼女を紹介されたピーター・フィンチ扮する映画監督のルイスは、かつて企画しつつも元妻のライラの死によって途絶えたライラの伝記映画「ライラ:ある映画スター」の映画化に意欲を燃やす。そしてエルサにライラの身のこなしや演技指導を始める。エルサはライラの衣裳を身につけ、ライラの好みの酒を飲む。話し方やアクセントもライラそのものになっていく。そしてルイスの自宅でハリウッドの記者を招いたエルサのお披露目パーティーで、彼女はライラの着ていた白いドレスに身を包み登場する。インタビューでは、かつてライラが答えていた洒落た回答を真似てみせる。ここに脚の悪い一人の老婦人の評論家が現れる。名をモリーといい、ハリウッドのご意見番として知られ、誰からも恐れられている。業界に長く、皆の弱みを握っているから誰も反論したり攻撃したりしない。そのため彼女の言動はまるで女王のようである。エルサはモリーから杖で小突かれ、「あなたは監督とどういう関係?監督と寝たの?」と直球の質問を受けると、一瞬エルサはエルサ自身に戻り戸惑う。だが次の瞬間、新人女優エルサに大物女優ライラが乗り移ったかのように態度が変わり、大勢が見守る中堂々とモリーを罵倒しやり返す。この一連の場面はアルドリッチの外連味たっぷりな演出が凄まじい迫力を生み出している。後半に入ってようやくアーネスト・ボーグナイン扮するやり手の映画会社重役シーアンとエルサが顔を会わせ(彼はパーティに遅刻したため彼女に会っていない)、彼女の美しさは金になると認めたシーアンは脚本・製作・監督をルイスに任せる約束をする。ところが問題はここからだ。ライラの死因について、ルイスの同居人でイタリア人の付き人ロッセッラから聞いた話とルイスの話が食い違っていることがわかる。そして2人とも何かを隠している。エリサは自分の宣伝写真を選ぶ時に、間違ってライラの写真を選んでしまう。ロッセッラはルイスの寝顔を見て「ライラ・・・」と呼び頬にくちづけをする。そして驚くべきことを口にする。要するにライラの死の真相が物語の後半を形作っていく。③ライラがエルサに乗り移ったかのようにエルサが豹変する時のノヴァクの声は別人の吹替えで、ドスの効いたライラの声をアフレコしているようだ。冒頭の街の場面ではアルドリッチの『特攻大作戦』が上映中だったり、さらに終盤で空中ぶらんこの撮影シーンの最中にロッセッラが「めまいを起こすわ」という台詞があったりと楽屋落ちも楽しい。キム・ノヴァクは当時35歳。1962年に契約していたコロムビア・ピクチャーズと出演料を巡って対立して去り、ケネス・ヒューズ監督の傑作『人間の絆』、ビリー・ワイルダー監督の『ねえ!キスしてよ』、テレンス・ヤング監督の『モール・フランダースの愛の冒険』と美貌を活かした役に次々と出演するが、自分の人気が衰えつつあることを悟っていたのかもしれない。この映画ではブラジャーだけの姿やセミヌードを何度も披露し、この後出演した『空かける強盗団』では“ゴダイヴァ夫人”ばりにオールヌードで馬に乗って画面をよぎる(が、ボデイ・ダブルかも)。観客が観たがっているものを見せるというところでなんとか踏んばっていたのかもしれない。
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