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ボビー・フィッシャーを探してのMOCOのレビュー・感想・評価

3.0
「怖いと思うから負ける、ジョシュは敗けを恐れているんだ」(フレッド)
「あの子はあなたの愛を失うことを恐れているのよ。
 あの子に不満なのね。
 弱いと思ってるのね、でも弱くないわ。あの子は立派よ。
 あなたやブルースや他の誰であれあの子を苦しめるなら私が許さない!」(ボニー)


 映画の中で実際のボビー・フィッシャーのドキュメントフィルムは流れるのですがボビー・フィッシャーを探すシーンはありません。

 ボビー・フィッシャーは幼い時からチェスの天才と言われ、アメリカで数々のチェスの大会を制して、1972年の世界選手権でソビエトのスパスキーとの戦いに勝利して第二次世界大戦以降ソビエトに独占されていたチェスの世界チャンピオンの座を奪い取り「アメリカの英雄」となった人です。
 冷戦下のアメリカvsソビエト時代に、勝つことができなかったチェス戦でフィッシャーがソビエトから勝利したことは、国をあげてのお祭り騒ぎ、日本でも話題になりました。
 引退、復帰を繰り返したフィッシャーは1975年にも世界チャンピオンになっているのですが1980年代に突然、行方を眩ましています。

 映画は「ボビー・フィッシャーの再来」と言われた少年ジョシュの物語・・・。


 ジョシュ・ウェイツキンは、7歳のときに母親と通りすがった公園でチェスをする大人達を見かけます。
 見知らぬ大人たちが動かす駒を真剣に見ているジョシュに気がついた母親ボニーはジョシュに大人たちを相手に公園チェスをさせます。

 次にジョシュのチェス能力に気がついたのは公園に住むヴィニー、ヴィニーは対戦しながらスピード・チェスを教えます。

 ジョシュの才能をボニーに教えられた父親のフレッドは、かってチェスの名手だったブルース・パンドルフィーニに息子のコーチを依頼します。
  コーチを引き受けたブルースはジョシュに、ボビー・フィッシャーと同じ才能を感じます。
 ジョシュはメキメキと腕をあげていくのですが、勝つことだけに没頭するブルースの指導は「負け犬達の攻撃的なチェス」と公園でのチェスを否定されチェスの楽しさを奪われてしまいます。

 勝ことに固執する父親の熱血指導はチェスに勝つことさえできれば・・・と、ジョシュから年相応の楽しさを感じる時間を奪っていきます。
 ブルースはジョシュに逆らうことを許さず「対戦相手を憎め」と指導するのですがジョシュはその考えをうけいれることができません。
 ジュニア・トーナメントに参加したジョシュは連勝を重ねるのですが、同年代の仲間や年下の相手を憎んで戦うことなどできるはずはありません。
 ジョシュは負けることを許さない父の元で「もし負けてしまったら、父の愛情を失うのではないか?」とチェスでの負けよりも父の愛を失うことを恐れるようになり、はるかに格下の相手に敗退してしまいます。

  母のボニーは子供らしい感情を剥ぎ取り言いなりにしようとするブルースをコーチから締め出し、勝つことだけを要求し、愛情をなくしていくフレッドに怒りを剥き出して我が子のジョシュを守ろうとします。

 気持ちを入れ換えたフレッドは「チェスを止めてもいいんだよ」と話すのですが・・・。

  ボニーはジョシュを連れ出し公園のヴィニーを訪ねスピード・チェスをさせます。
 それはブルースの「言う負け犬達の攻撃的なチェス」自分が初めて出会ったのめり込んだチェスでした。

 大会が2週間後に迫った日、フレッドは突然ジョシュにチェスをすることをやめさせ、釣りに連れ出すと2週間を釣りをして過ごします。

 大会会場に集まった子どもたちの上位クラスの子どもは皆以前のジョシュのように父親の顔色を伺い表情をなくし・・・、付き添いの父親は以前のフレッドのように殺気だった顔つきで・・・。
 
 ブルースとも和解し、ヴィニーのスピード・チェスも使いジョシュは200人の頂点に立ちます。

 ジョシュはその後も数々のトーナメントで活躍し、1992年16歳でインターナショナル・マスターになっています。
 映画『ボビー・フィッシャーを探して』はジョシュの父フレッド・ウェイツキン氏が著した『ボビー・フィッシャーを探して』が原作の実話です。

 母の愛は深く剛いのです。
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