backpacker

博奕打ち 総長賭博のbackpackerのレビュー・感想・評価

博奕打ち 総長賭博(1968年製作の映画)
4.5
"見りゃあ立派な任侠の紋!だが一皮むけばドスをくわえた泥犬が なんで男と言われるか"
"親分衆を一座に集めた大花会―それを総長賭博という!"

東映任侠映画における傑作中の傑作と知られる、『博奕打ち』シリーズ第4作。
時代劇時代に名を売るも、任侠路線以降不遇の時を過ごしていた若山富三郎が、復活を遂げた作品でもあります。

この作品を見て思ったのは、「大事な決定は密室で行われる」です。
そもそもヤクザという稼業事態、一般庶民からすればベールの向こうに包まれた世界であり、やることなすことの大抵が密室という印象。
本作では、作中の節目節目で密室シーンが入るため、なお一層にこの点が意識させられます。
お馴染み金子信雄演じる叔父貴分・仙波が、代議士と組んで、大陸進攻の人員・資金確保のために一計を案じ、組の跡目相続に手出し口出し。「跡目いつまでも空き家にしとくわけにゃいかねぇんだ」などと道理を説き、主人公・中井(演:鶴田浩二)は仁義にもとると思いながらも、最終的には弟分の石戸が組長になることを了承。
この次期組長選定の過程が、まさに完全に密室での調整をした結果というところが、完全に政治の世界であり、実に腹立たしい。完全に蚊帳の外ながら、正しい道を説こうとする中井も、(それが仙波の計略とも知らず)最善の手と信じて納得するところなんか、組織人だなぁとどこか自分に重ねてしまったり。
また、中井の兄弟分である松田とのハードネゴシエーションの数々もまた、極めて密室状態で行われます。

この映画の悲しいところは、組織に属する故の義理やしがらみ等のアレヤコレヤに、血縁のない義兄弟と血縁のある兄妹という関係性も加え、組織と個との板挟みに置かれた主人公が、最終的には、周りの大事なものをすべて失った挙句、自分の矜持・信念すらも、自分の手で捨て去って終わるというところ。
「任侠道か。そんなもん俺にはねえ。俺はただの、ケチな人殺しなんだ」というとどめの一言に、猛烈な悲哀と、どうしてこうなってしまったのかという無常さに悲しくなります。

全編にわたり、キマッた画のシーンが満載の上、痛快娯楽作品という任侠映画ジャンルとは完全に異なる、やるせない相克の悲劇。本当に……強烈な映画でした。
backpacker

backpacker