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ディア・ドクターのNMのレビュー・感想・評価

ディア・ドクター(2009年製作の映画)
3.5
意外なスタート。『ディア・ドクター』なのにその医師がいない。どこへ消えたのか、何かの事件に巻き込まれたのか、一切不明。あぜ道で白衣だけが見つかった。村は大騒ぎ。

そして話は、この医師・伊能が働く村へ新米研修医師がやってきた頃へとさかのぼる。
瑛太のチャラい演技が上手い。このシーンだけでどういう気持ちでここへ来たのか、これから先起こるであろうたくさんのトラブルが予想できる。
始めこそてんてこ舞いだが、扱いやすい部下としてむしろ便利な存在。
根はピュアで、伊能を尊敬するようになっていく。

最初に登場した受診患者が驚きだった。そんじゃそこらのへき地ではないと分かる。
そして次に往診に行ったのに先は一気に重い現状を示す。
と思ったらおもしろ展開。そして真っ赤なコンバーチブルで帰っていく。面白い。非常にアイロニカル。
ユーモアとシリアス、大騒ぎと沈黙が交互に登場し、対比的。

医学とか縦割りの軋轢についてというよりは、純粋な人間ドラマ。特に村には高齢者が多いので、様々な人生の終え方について考えさせられる。

患者それぞれには難しい問題があり、この医師はついつい彼らの事情に立ち入ってしまう。
医者は呼びながらも、実は治療を望んでいない親族や本人など、ただの治療では済まない複雑な現状がある。
治したい医者と治りたい患者という単純な構図ではない。

冒頭で示された行方不明の捜査の件も時々挟まれる。
こんな人間味あふれる医師に一体何が起こったのかとますます気になってくる。

徐々に、この医師に不審な点が表れてくる。経歴も風変わりだし、彼の母親の態度も妙。
ある時の看護師の態度で、その秘密が何か観客には一目瞭然となる。

そんな伊能でも、この村には必要不可欠で神仏のごとく尊敬されていた。医師に必要とされるのは何か。知識や腕よりも、この村で本当に必要とされているものは。人に本当に必要なものとは。

伊能は意に反していつの間にか患者の人生に立ち入り過ぎていた。それは自らを追い詰めるはめになった。都会のバリキャリ女医と所見を交えるなど、冷や汗ものだっただろう。それ自体は何とか乗り切った。そのまま元の生活を続けることは可能だった。
しかしせっかく危機を脱したその時、彼の中で限界に達した。もうこれ以上嘘はつけなかった。自分の立場を捨てることになっても。いや、本当はずっと前から捨てたかったのかも知れない。

確かに元は伊能が悪い。しかし周りの人も、伊能の話を聞かず聞いてもらうばかりだった。むしろ都合の良いように伊能を動かしていた面もある。
高齢者の多いこの村では、伊能のような人こそ求められていた。

ラストはとても良かった。あっさりとしていて、皆まで説明しない。後は皆さんで考えて下さい、というスタイル。とても好み。

作品を通して、人生の終え方について少し考えが変わった。これまでは老衰で死ぬのが人間の理想としか思っていなかったが、それが叶わない場合は何が何でも病気を治さなくとも、ただ柔らかに受け止める選択もあっていいと思う。
病気は治療するのが当然、治せないのは不幸、可哀想なこと、とは一概に言い切れないことに気付いた。
私なら最期は、1年の余命を2年に延ばしてくれる治療よりも、話を聞いてくれる伊能のような男と出会いたい。

伊能と鳥飼夫人がテレビを観て雑談するシーンが、あまりにも自然で本当にどこかの家庭を覗いているかのようで感動するほどだった。

救急病院の医師役・中村勘三郎のセリフが見事。立て板に水のごとく口上を述べる。

自然が素晴らしい。壮大で、田んぼも山も一面の緑。ここで映画を作ったらどんな物でもそれなりになりそうだ。常陸太田市、いつか行ってみたい。

原作小説も気になる。
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