R

終わりなしのRのレビュー・感想・評価

終わりなし(1984年製作の映画)
4.0
愛に関する短いフィルムと同じディスクに収録されてたので見てみました。クシシュトフキェシロフスキ監督作品はデカローグ以降の作品しか見てなかったのでいいきっかけになった。本作はとても変わった映画。ゴーストストーリーと政治的ドラマが同時進行。冒頭、主人公ウラの死んだ夫アンテクがカメラ目線で、私は死んだ、と独白。ウラは夫の死後はじめて彼に対する深い愛を自覚し、深い喪失感に悲嘆する。愛する息子ではアンテクの穴を埋めることができず、行きずりの男(腰毛が印象的)とセックスしたり、自慰したり、催眠術で夫を忘れようとしたり、だが、彼女の悲しみが癒えることはない。アンテクはゴーストとして、そばでいろんな形で彼女をサポートするのだが…一方、集会を禁じられた社会主義体制戒厳令下のワルシャワで、ストライキを先導して拘留されているダレクという男を、アンテクが弁護しようとしてた矢先に死んだので、その後をラブラドルという老弁護士が引き継ぐ。こちらは理想主義的なアンテクより現実主義者で、何とかダレクを釈放させるよう、彼の政治的立場を表面だけでも妥協させようとする。他にも彼らの関係者が多数登場し、それぞれの立場から自身の思想が述べられる。特に印象的なのは、アンテクとウラの共通の友人で、人々は分断し、善悪が曖昧になってしまってどちら側に着けばいいか分からない、が、一人で生きるのも孤独だ、的なことを言ってポーランドを去っていく。それぞれに展開するストーリーに息苦しくなるような鬱々とした閉塞感が漂っているのだが、同時に始終ゆったり、流れるような語り口で、さまざまな繊細なディテールに詩的情緒があり、人物に対する同情や愛情が常に感じられるためか、ぜんぜん重い感じがしない。むしろ、深い慈しみがまつわって、荒涼としたムードにやさしさが漂う。不思議な感覚。だが、ストーリーはとんでもないエンディングに向かって進んでいく。もはや引き返せない運命のように。終盤の挫折感と諦観には底の見えない絶望があり、まさに終わりなき無力感に満ちている。ハッピーエンドとも取れなくはないが、これは真実、ホラーである。それにしても、キェシロフスキ映画で時々見かける俳優さんたちの面々は素晴らしい演技。グラジナシャポスフスカの悲嘆のなかに揺らめくいまにも消えてしまいそうな焔を思わせるはかない美しさ、アレクサンダーバリディーニの今にも落ちそうなほっぺに浮かぶ憂い、アルトゥールバルチシュの表情のない心の揺らぎなどなどとても印象的。生々しいショッキングな交通事故シーンも、そのシーンの意味と共に、忘れ難い。もう一回見ようとまでは思わないけど、デカローグが好きな人はチェキラッチョ。
R

R