晴れない空の降らない雨

吸血鬼ノスフェラトゥの晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

吸血鬼ノスフェラトゥ(1922年製作の映画)
4.2
 吸血鬼ドラキュラを題材にした最初の映画作品で、ワイマール期ドイツ映画を代表する一本でもある。ただ、ムルナウによるこの映画は、『カリガリ博士』やラングの監督作のような典型的なドイツ表現主義と違って、ロケが中心だったりショット数も多めだったりとひと味違う。
 まぁ表現主義映画と同じくらい、ロマン主義の色彩がかなり強いのも事実。つまり、近代化=文明化によって脱魔術化された「自然」を、再魔術化する反動としてのロマン主義である。しかしセットに頼ることなく、そのままの風景に恐怖や神秘を表現させている点が違う。山岳、森林、古城、荒海……監督はこれらの風景を使い、巧みな編集によってイメージを付与し、「吸血鬼という怪奇が実在する世界」を築き上げていく。
 また、狼、食虫植物、蜘蛛、刺胞動物といった不気味な捕食者のイメージの連鎖によっても、吸血鬼の恐ろしさが醸し出されていく。最後には、ノスフェラトゥの訪れと同時にペストが蔓延することで、疫病の隠喩も付加される。本作は最初期のホラー映画でもあるが、このような手の込んだ雰囲気の醸成は今なお観る者の心臓を鷲づかみにしてくる。
 もちろん、吸血鬼ノスフェラトゥ自体による恐怖も全く手抜かりない。造形からしてちゃんと恐ろしいし、目を見開いて眠る顔をアップで棺桶から覗かせたり、横たわった状態のまま直立不動に起き上がったり、動きがとろいと思ったら瞬間移動したり(これもその後定番化?)、あの手この手の恐怖演出は色あせていない。観客は、彼のあまりに緩慢な動きや、壁にうつる影だけを見せられたりして標的の運命にヤキモキさせられる(ちなみにこの有名な影による恐怖表現は『ダンボ』でパロられている)。
 とくに船長が殺されるときの登場は印象的で、甲板下の部屋から見上げる構図でノスフェラトゥを巨大に見せている。船長が殺される瞬間は映さず、“The Deathship had a new captain”という字幕がこれまたセンスある。それと最後、エレンに襲いかかるときは極端な照明を用いて、犠牲者と同時に英雄でもあるこの女性とノスフェラトゥを白/黒で対比させているが、これなど実に当時のドイツ映画的スタイルである。