140字プロレス鶴見辰吾ジラ

ルビー・スパークスの140字プロレス鶴見辰吾ジラのレビュー・感想・評価

ルビー・スパークス(2012年製作の映画)
4.0
”ミザリーと幸福論”

「ルビー・スパークス」
という可愛らしいタイトルから
甘く切なく、そして儚き人の夢を。

傑作を生みだしてしまい苦悩する若手作家が、理想の恋人を作り出してしまったという奇想天外で、我々に寄り添う”If”の物語。とにかくゾーイ・カザン演じるルビーの可愛さが度を越している。最近見た映画では「孤狼の血」の劇中に咲いた阿部純子くらいだろうか?この度を越した可愛さは。

今作は奇妙な恋愛ドラマの内にある「幸福論」の映画だと感じた。理想の彼女とは何なのだろうか?漫画・アニメにおけるヒロインに恋をする人がいるという…それは真実で、私もそのひとりさと思う。クリエイターによって投じられた世界観を帯びたたかだか絵に恋し、欲情までできる人間の嵯峨なのか?才能なのか?

話を戻すと、そこに理想を投影できることであり、我々は完璧なるイデアの影を日常のそこかしこに追いかけているのだと思う。奇抜なIfの恋物語に、こんなにも胸をときめかされ、そして時にゾッとさせられ、感情のブレーキが効かなくなり、そして暴れ狂うエゴが投影され、緊張の糸を張りつめ、解き放たれるそのよるべのなさが、映像媒体で見られる作品なのだなと感じた。日常で味わう感覚の代名詞として「ルビー・スパークス」のあのシーンのようだと言えるくらいには没入し溺れたい甘さがあり、表裏一体となった狂気でもある。

「幸せ」は1人で味わうものではないのだと思う。真の「幸せ」は誰かの犠牲や不幸の反作用でなく、誰かと共有して「幸せ」の条件を満たすのだと思いたい。「幸福」に対してストイックかもしれないが、「隣人を愛せ」の如く、互いに痛みや苦しみまで分かち合えるという陳腐な名のもとにおいての愛はやはりたどり着きたいものである。なんなら愛の狂気性も包める寛大さが欲しいものである。