とりん

偽りなき者のとりんのレビュー・感想・評価

偽りなき者(2012年製作の映画)
4.2
2021年83本目

カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞した作品。
冤罪ものの話というのだけは知っていたが、ここまでの内容とは思わなかった。
決して裁判ものとか濃いサスペンスとかではなく、謂れのない罪を被せられた男を描いた話である。
とにかく胸が苦しくなった。途中から観るに耐えないくらいほどだった。
視覚的なエグさはなかったが、精神的なものがとてつもなかった。
冤罪の相手となるのも親友の娘クララであり、彼女はおそらくルーカスに幼いながら特別な想いがほのかにあったのだろう。それをルーカスに優しくあしらわれてしまって、その時の悲しさや怒りからああいった言葉を口にしてしまったのだろう。直前に兄があの写真を見せていたのも原因のひとつでもあるが。子どもならと思ってしまう、特に幼少期なら尚更の本当に悪気も何もない、何気なく口にしてしまった言葉だったのだろう。
しかし大人はそれを見逃さなかった。誰しもが自分の物差しでは測らず、これまでとても親しくしてきた友人の言葉に耳も貸さず一方的に苦しめたのだ。これが本当だと彼が口にしたとか、証拠があるのならこういう気持ちもわかる。でも子どもの言葉ひとつなのである。ただもちろんそれを軽視するのもいけない、そこに真実があること多いにあるからだ。だからこそ難しいところではあるが、本作では頭からルーカスを非難するように仕向けるように、少女を子どもを絶対的正とし、多少強引にでもそちらに持っていったのが悪いように思う。

何よりも子どもを守ろうとする園長ももしかしたら自分の子どもも被害を受けたかもと疑ってしまう親の気持ちも非常によく理解できる。決定づけたあの男を除けば。警察も必ずしも正ではないけれど、釈放されてなお侮蔑は続いたし、むしろ愛犬の命を奪うという行きすぎたことまでされなければならないのだろう。

やがて少女クララの父であり、親友のテオが一連のことが娘の嘘であり、ルーカスの潔白を知り、和解といった形となったのだけれど、ここまではまだ良い、いきなり全員と和解の流れになるのはちょっとなと思ってしまった。
最後良い方向に向かうかと思いきや、彼の貼られたレッテルは永遠にはがれないままという最悪の終わり方をしたわけである。ここは予想できたし、本当の最悪殺されるまでいくかと思ってしまったが、これを実にやるというのがもう胸くそ悪いというか、心苦しさが甚だしい。
中盤からずっと怒りや悔しさがぐるぐる駆け巡って、もう観ていられず胸が張り裂けそうなほど苦しかった。

本作の監督は先日観たアナザーラウンドの監督であるデンマークの名匠トマス・ビンターベア。観る前はすっかり忘れていたが、最初のワンシーンで描写というか映し出し方が似ていて、すぐ思い出した。アナザーラウンドより映像がキレイに映し出されているし、回しも丁寧。彼の心の苦しみが美しい背景と対比されるのも印象的だった。
親友のテオもアナザーラウンドに出てきてマッツ様の親友役だったトマス・ボー・ラーセンだ。今回も良い役どころだ。表情の演技が素晴らしすぎた。
始まりが無垢な子どもの言葉だからこそ責めきれないし、無実の証拠もないのももちろんなので、やり場のない感情が駆け巡って仕方なかった。子どもの言葉を信じるのも難しいものだな。現実味のある集団心理の恐ろしさを見せつけられた。
とりん

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