愛鳥家ハチ

リアリティのダンスの愛鳥家ハチのレビュー・感想・評価

リアリティのダンス(2013年製作の映画)
4.1
アレハンドロ・ホドロフスキー監督作品。ホドロフスキー監督自身の半生を振り返る二部作の第一作目。本作は少年期を、次作の『エンドレス・ポエトリー』は青年期を描いています。ポスターの中で監督がそっと寄り添うのは、他ならぬホドロフスキー少年です。

ーー抑圧
 ホドロフスキー監督は、「これ(本作)は人々の魂を癒す映画であり、映画の中で家族を再生することで、私の魂を癒す映画でもあった」と語ります(注)。序盤の店先でのやり取りが示すように、少年の率直で純粋な優しさは胸を打ちますが、そんな彼も家庭内では暴力的な父親によって抑圧された環境に晒されます。

ーー回復
 ホドロフスキー少年を傷付けた父親とは、少年にとってどのような存在であったのか。ホドロフスキー監督は、父親の生き方を映画の中で再構成することで、"父親"という存在を客体化し、見つめ直すことのできる対象にまで変化させています。これにより、監督は自身の心を今一度掘り下げることに成功したのだと言えましょう。一般的に、"悩み"というものは言語化することで解消することがあると言われますが、監督の場合、心に深く沈潜したわだかまりを映像化することで、類似の効果を得ようと試みたのだと思います。本作ではホドロフスキー監督の実の息子が父親の役を演じており、こうした唯一無二のキャスティングからも、監督の真摯な"願い"がひしひしと伝わってきます。

ーーエール
 また本作は、監督自身の"回復のプロセス"を眺める観客の心もまた癒してくれる、そんな力が確かにあると感じられました。「苦しみに感謝しなさい。いつか私になる」と監督本人がホドロフスキー少年に語りかけるシーンは、苛酷な家庭環境から生じた心のわだかまりを克服した監督自身の"回復"の象徴でもあり、また、観客を勇気付けるエールともなっています。監督が本作を「人々の魂を癒す映画」であると表現する所以です。

ーー改心
 話は転じて、満身創痍の父がクリスチャンの椅子職人に助けられる場面では、さながら迫害者サウロがキリスト教に目覚める「パウロの改心」を思わせました。とはいえ、その後に父親はクリスチャンとして伝道の道を歩む…というわけではなく、あくまでも熱心なクリスチャンが一時的に父親を善導したにとどまります。しかし、ここで重要なのは、父親自身の人間性の回復そのものなのだと理解しています。

ーー総評
 現実の記憶に空想が雪崩れ込むことで、ようやく現実が踊り出す。記憶が今の自分を形作っていることが分かる。それがすなわち"リアリティのダンス"。現実的な描写の中に非現実が巧妙に組み込まれた表現手法は、"マジック・リアリズム(魔術的現実主義)"という言葉がしっくりときました。そうした本作は、観る者に強烈なインパクトを残す類稀な作品であるといえそうです。

(注) https://www.uplink.co.jp/dance/sp/introduction.php (2020/06/30閲覧)
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