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ブリッジ・オブ・スパイのクレセントのレビュー・感想・評価

ブリッジ・オブ・スパイ(2015年製作の映画)
4.8
私はソ連大使館の2等書記官です。この交渉を進める役目です。そう言って大使館員が部屋に入ってきた。それが合図のように、それまで泣き崩れていたソ連側のスパイの家族たちは、書記官に一礼すると堂々と胸を張ってその部屋から出ていった。彼らもまた諜報員だった。そしてスパイ交換の交渉が始まった。

米国政府から派遣された民間弁護士ドノヴァンは話し出した。私には交換の交渉をする権限がある。そういって一枚の紙を渡した。ここに来た目的は人質の交換だ。手早く済ませたい。書記官は口をはさんだ。米人パワーズの釈放は米ソの友好の証です。従って交換ではない。あなた方がソ連人アベルを釈放することで、数か月後にパワーズを釈放しよう。ドノヴァンも負けてはいなかった。いや、それでは困る。あくまでも交換だ。48時間以内にアベルを釈放する。同時にパワーズを返してくれるならアベルを渡す。書記官は冷静に言った。これはまさに焦りすぎの計画ですな。モスクワはなぜ焦るのかと思うでしょう。モスクワはこう思うでしょう。米国は既にアベルからすべての情報を入手した。だからパワーズとの交換を焦るのは、彼の情報を渡すまいとしているのだろうとね。これでは公平な交渉とは言えませんよ。ドノヴァンは少し剥きになって切り返した。ということはパワーズが情報を渡した後でないとモスクワは交換に応じないと考えていいですね?アベルが死ぬまで監獄にいれば次に捕まるソ連スパイはすぐに口を割るでしょう。それにもしアベルが自由の身を望んだら、米国にソ連の情報を提供するかもしれない。それでもいいですかと。責任は貴方にかかると威圧した。書記官は苛立ちながら言い返した。それはわからない。私は命令に従うだけです。それにパワーズは高空からカメラで撮影してたんですよ。これは戦争行為ですね、ドノヴァンさん。堂々巡りだった。米ソが過ちを犯せば戦争になりかねない。だから政府ができない話を我々がすべきだとドノヴァンは考えていた。2人はしばらく沈黙した。そして書記官が言った。わかりました。モスクワに聞きましょう。それに寒いのでコートをどうぞ。ドノヴァンが皮肉を言った。来る途中で盗まれたんでね。そうでしょう。上等なコートでしょうからね。書記官も負けてはいなかった。監督のスピルバーグは米ソ冷戦時代に実際にあったスパイ交換の交渉を映画にした。実際の交渉事というのは弁護士が得意とすることだが、このような会話が延々と続く。この映画の中の丁々発止としたセリフのやり取りは、まるで見るものをその場にいあわせたような錯覚に陥らせる。外事担当者はよくワシントンやモスクワを口にする。日本の外交が遅いのも、こうした丁々発止に疎いトウキョウにあるのかもしれない。さすがにスピルバーグだけあって、随所にスキを残しながらもハリウッドにしてはよくできた作品である。
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