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ドライブ・マイ・カーのクレセントのレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
4.6
家福は高槻を疑っていた。思いつめて高槻は、家福に彼の妻である音について本音を吐いた。音さんは素敵な女性です。そんな素敵な女性と20年も一緒に暮らしたことを家福さんは感謝すべきです。でもどれだけ理解している相手でも、愛している相手でも、他人の心をそっくり覗き込むことなんて無理です。でもそれが自分自身の心なら、しっかりと覗き込むことはできるはずです。結局自分の心と上手に折り合いをつけていくことだと思います。本当に深く見つめるしかないんです。高槻は思いつめたように言うと下をうつむいた。涙が光っていた。家福はこの高槻の言葉に音との関係があったのだと確信した。しかし一方でそれを聞いていくうちに悔い始めた。確か彼女は家福に「話があるの」と言っていた。もっと彼女に聞いておくべきだったと。

私はこの作品を見ているうちに時間を忘れた。上映3時間という長丁場がいつの間にか過ぎてしまった。脚本は主人公の家福を中心として、二重三重に人間関係を張り巡らした。中でも秀逸なのは若い女性ドライバーを登場させたことだった。彼女は暗い過去を背負っていた。自らをいつも責めていたのだ。しかしクルマの中での会話は彼女に少しづつ世の中を理解させていった。そして物語の最後では見事彼女に柔らかな表情を蘇みがえらせたのである。この脚本の良さは、走行するクルマの中という独特な空間を利用して様々な出来事を想起させながら、人間の再生と多様性という現代の重いテーマを、チェーホフによる古典を取り入れることで人間関係を鮮やかに描き出した。現在まで数々の賞を総なめにしているこの作品は、近々あるオスカーの脚本賞はもちろん、作品賞や監督賞などの有力な候補であることは間違いない。
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