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ヘイル、シーザー!のbackpackerのレビュー・感想・評価

ヘイル、シーザー!(2016年製作の映画)
3.0
本作、事前に情報を仕入れることなく、なんの気無しに見始めましたが、50年代アメリカ史及びハリウッド史を知らない人が見れば、絶対終始「???」となること必死の、難解なシニカルコメディでした。

数多の映画のオマージュ含め、本作を楽しむ為に、本作の背景である50年代ハリウッドについて記載します。
鑑賞時の参考にしていただければ幸いです。

【50年代アメリカとハリウッドについて】
〈①米ソ冷戦〉
第二次世界大戦の影響で、欧州が完全に世界の覇権を失ったことで、超大国の道を歩み始めたアメリカ合衆国(以下、アメリカ)。
並び立つ相手はただ一国、ソビエト社会主義共和国連邦(以下、ソ連)のみ。

アメリカは、自由主義と民主主義の融合である自由民主主義と、資本主義を尊ぶことをイデオロギーとした国家です。
一方ソ連は、マルクス・レーニン主義に基づく共産主義をイデオロギーとした国家です。
なお、社会主義(社会民主主義)と共産主義は違うものとして使い分けがあったりしますが、ここでは割愛します。

両国は互いを牽制しあって超大国化し、軍拡競争の果てに、大量の核兵器を保有するに至ります。
そんなアメリカとソ連の対立は、直接的な戦争状態となれば、世界の終焉となりかねません。
そこで、両者のイデオロギー対立は、代理戦争や自陣営の広範化を狙う啓蒙活動への協力(革命やクーデター)による戦いへと進んでいきます。

これが、俗に言う米ソ冷戦です。
(トルーマン大統領による「トルーマン・ドクトリン」の演説以降から始まったものとされています。)

朝鮮戦争やベトナム戦争。
カストロとチェ・ゲバラ等の指導者による、サンディニスタ民族解放戦線等のカリブ諸国での革命。
多くの代理戦争の裏でのCIA・KGBの暗躍。
血生臭く煮えたぎったドラマに満ちた、冷たい戦争なのです。

〈② 赤狩り〉
そんな米ソの対立を受け、米国内では、共産主義の脅威を国内から排除するために、国内の共産党員及びそのシンパと思しき者を、公職その他の職から追放し始めます。
この動きは、赤狩りを推進した共和党のジョセフ・マッカーシー上院議員の名前を取り、マッカーシズムと呼ばれました。

そんな赤狩りの潮流は、ハリウッドにもやってきます。

元来ハリウッドは、ユダヤ系移民が迫害を逃れたどり着いたアメリカの西の果てで、既存産業では労働機会を与えられなかった為に、当時登場したばかりだった"映画"を産業化することで生まれた土地です。
そのため、元より反権威的でアナーキーな立場を取ることが多い気風でした。

そんなハリウッドで作られる映画は、お国の意向に沿わない、国家・権力・資本家等への批判的な文脈の作品も、当然多く作られていきます。
その結果、ハリウッドは共産主義者の巣窟とみなされ、赤狩りに際しても、執拗な攻撃に晒されることとなります。

〈③ハリウッド・テン〉
赤狩りの嵐が吹き荒れるアメリカにおいて、赤狩りの中心的機関であった下院非米活動委員会 (HUAC) は、ハリウッドに代表される娯楽産業で活躍していた、映画監督・脚本家・映画俳優等の芸能人の中で、過去に共産党と関係があったと思われる者達を、"ハリウッド・ブラックリスト"で列挙。
リストに掲載された人物に対し、共産主義者であるか否かを非米活動委員会に召喚された。
しかし、その中の10人の映画関係者は、召還や証言を〈アメリカ合衆国憲法修正第1条〉で保障された基本的人権を根拠に拒否。
その結果、議会侮辱罪で有罪判決を受けることとなった。
この10人がハリウッド・テン (Hollywood Ten) と呼ばれています。
彼らはハリウッドを追われ、長きに渡りハリウッドでの映画製作を行うことができなくなってしまいました。
代表的な人物であるダルトン・トランボは、その後偽名や借名で脚本を書き、数々の賞を受賞しています。それだけ有能な人物であっても、赤狩りから逃げることなく戦ったため、道を断たれていくのです。

[ハリウッド・テン]
・アルヴァ・ベッシー (脚本家)
・ハーバート・ビーバーマン (映画監督・脚本家)
・レスター・コール (脚本家)
・エドワード・ドミトリク (映画監督)
・リング・ラードナー・ジュニア (ジャーナリスト・脚本家)
・ジョン・ハワード・ローソン (作家・脚本家)
・アルバート・マルツ (作家・脚本家)
・サミュエル・オーニッツ (脚本家)
・エイドリアン・スコット (脚本家・プロデューサー)
・ダルトン・トランボ (脚本家・映画監督)

〈④50年代ハリウッドの窮地〉
上記赤狩りによる打撃に加え、終戦後テレビが普及したことが影響し、映画館入場者数と興行収入が激減。
ビッグ5含む大手8映画会社は、テレビでは見られない・作られない作品に活路を見出し、シネラマやシネマスコープを用いた大作・ビッグバジェット映画に傾注していきます。

この大手8社は、新規参入を防ぐ為に、撮影所・キャスト・スタッフ・映画館、全て専用で用意したスタジオシステムを構築することで、市場の寡占状態にありましたが、この状況を反トラスト法違反とされ、裁判になります(パラマウント判決)。

こういった状況が重なり、ハリウッドは窮地に立たされていました。
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以上で、大変ザックリとした記載で誠に恐縮ですが、時代背景解説を終わります。
こういった時代背景を踏まえつつ、本作を鑑賞していただければ、多少なり意味がわかるかと思います。
特に、明らかにハリウッド・テンをモチーフにしている誘拐犯御一行と、彼らが何故共産主義礼賛の発言をしているのかについて、ご理解いただけるかと思います。


その他、本作は数多くの人物や作品をオマージュしておりますので、それらの元ネタ・オマージュソースについて、わかる範囲で列記させていただきますので、一つ参考にしていただければと思います。
(映画パンフレットに多くの情報が記載されているらしいのですが、当方読んでおりませんので、あくまでわかる範囲です。悪しからず)


【エディ・マニックス(演:ジョシュ・ブローリン)のオマージュソース】
エディ・マニックス(実在のプロデューサー)
ハワード・ストリックリング(MGMの宣伝責任者)
ルイス・バート・メイヤー(MGMのプロデューサー)

【ベアード・ウィットロック(演:ジョージ・クルーニー)の出演作品のオマージュソース】
『ベン・ハー』(1959年)
監督: ウィリアム・ワイラー
キャスト: チャールトン・ヘストン、スティーヴン・ボイド、他

『ジュリアス・シーザー』(1953年)
監督:ジョーゼフ・L・マンキーウィッツ
キャスト:ルイス・カルハーン、マーロン・ブランド、他

『クォ・ヴァディス』(1951年)
監督:マーヴィン・ルロイ
キャスト:ロバート・テイラー、デボラ・カー、ピーターユスティノフ、他

【バート・ガーニー(演:チャニング・テイタム)の出演作品のオマージュソース】
『錨を上げて』(1945年)
監督:ジョージ・シドニー
キャスト:ジーン・ケリー、フランク・シナトラ、他

『踊る大紐育』(1949年)
監督:ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン
キャスト:ジーン・ケリー、フランク・シナトラ、ジュールス・マンシン、他

【ディアナ・モラン(演:スカーレット・ヨハンソン)の出演作品のオマージュソース】
『水着の女王』(1949年)
監督:エドワード・バゼル
キャスト: エスター・ウィリアムズ、レッド・スケルトン、リカルド・モンタルバン、他

『百万(萬)弗の人魚』(1952年)
監督: マーヴィン・ルロイ
キャスト:エスター・ウィリアムズ、ヴィクター・マチュア、ウォルター・ピジョン、他

【ホビー・ドイル(演:オールデン・エアエンライク)の出演作品オマージュソース】
『The Arizona Kid』(1936年)
監督:ジョセフ・ケイン
キャスト:ロイ・ロジャース、ギャビー・ヘイズ、他

【ソーラ・サッカーとセオリー・サッカー(演:ティルダ・スウィントン)のオマージュソース】
ルエラ・パーソンズ(アメリカ初の映画コラムニスト)
ヘッダ・ホッパー(元女優、ゴシップ・コラムニスト)
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