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疑惑のチャンピオンのwigglingのレビュー・感想・評価

疑惑のチャンピオン(2015年製作の映画)
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オリンピックの金メダルよりも価値の高いプライズがあります。それは3週間かけて自転車でフランスを一周する世界一過酷な競技、ツール・ド・フランスでの総合優勝です。
それを7年連続で成し遂げたのが本作の主人公ランス・アームストロングというテキサス生まれのアメリカ人。癌を克服しレースに復帰した後ということもあり、奇跡のヒーローとして祭り上げられました。しかし、彼には現役中ある疑惑がついてまわります。ドーピングしているのではないかという。

本作、冒頭からアガる映像のオンパレードです。アルプスの峠道を高速でダウンヒルする絶景シーンは、現代の撮影技術でロードレースを撮るとこうなるのか!という凄さ。レースを見慣れている人でも目を奪われるでしょう。
そこに過去の記録映像を重ね、ヨーロッパにおけるこの競技の歴史と自転車文化の成熟を語ります。

事件の発端は、アームストロングの若い時期を知るスポーツ記者デイヴィッド・ウォルシュが、癌から生還した彼のパフォーマンスが異常に向上しているのを発見した事。そして彼は禁止薬物を使っていると確信。それを機にウォルシュは調査を開始するも、なかなか尻尾を掴むことができない。
その時、アームストロングはすでにチャンピオンとして不動の地位と力を得ていたので、いくらでも隠蔽する事ができたんですね。あろうことか、UCI(国際自転車競技連合)までも加担していた。
しかしそんな状況が長続きするはずもなく。アームストロングの「ビジネス」には多くの人間が関与していたため、小さな綻びがたちまち大きな穴になってしまった。

アームストロングの問題は知っている者は知っているタブーだったようで、ウォルシュは競技を愛するが故にタブーを暴くべきだと考えた。競技的には一時的に痛みを伴うだろうけど、どうしても今これをやるべきだと。
そして現在、当時とは比べ物にならないくらいクリーンなスポーツに変貌しています。世界一と言って良いほどに。
なんだか『スポットライト 世紀のスクープ』を思い出しますね。

ちなみに、ドーピングをめぐる議論においてよく言われる事があって、必ずバレるのになぜやるのか?というもの。
それは自転車ロードレースという競技の特殊性にあると自分は思っています。簡単に言うと、一人のエースをその他大勢のアシストが助けて勝たせるという競技なんです。そしてアシストがエースになるのはほぼ無理で、アシストという奴隷のまま選手生命を終える選手がほとんど。
ドーピングはその壁超えを可能にする手段なんです。そしてレースに勝つ可能性も劇的に高まる。その誘惑は絶大ですよ。

自分もこの競技の愛好家なので事件の顛末は知っていました。なにしろレース観戦を始めた頃がアームストロングの絶頂期だったので、彼の栄光と没落は見ていて辛かったですね。
そんな知っている人が本作を観て楽しめるか?については、YESと答えます。先に述べた通り映像が素晴らしいこと、アームストロングの君主ぶり、チームぐるみの不正の作り方、見所たっぷりです。
キャストがみんな本物の選手に似てるのも良かった。フロイド・ランディス役を『ブレイキング・バッド』のトッドがやってて、クスリつながりかよ!とかツッコミ入れたりしてね。

いまひとつと思った点は、功罪の「罪」の面が強調されすぎてるところ。世間的に悪者と思われている人間をことさらに悪く描くより、それとは違う一面が見えるように描くのが映画ではないかと。
UCIが加担していたのは、アームストロングがアメリカという巨大市場で爆発的に自転車競技を広めたという「功」があったからだし。
そして、薬物使用する選手の葛藤がほとんど描かれていないのも物足りなかったかな。どの選手も相当に悩んだはずなので。
記者視点で書かれた本が原作なので、まぁ仕方ないんでしょうけど。

本作の公開と同日に開幕した第103回ツール・ド・フランスのネガキャン映画になるのでは?と心配していましたが、初めて見る方には興味を持ってもらえそうな魅力にあふれる作品でした。
少しでも興味を持ったらBS/CSで本物のツール・ド・フランスを観れますので、試してもらえると嬉しいです。日本人選手、新城幸也も出場していますので是非応援を。
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